貴史は途中、妹が美味しいとよく買って来るショップでスィーツをいくつか買ってから若菜の家に向かう。
こういうキザなことをすると色々言われそうだが、お邪魔する身だからこれくらいはマナーというものだろう。
最寄駅に着くと祐樹の携帯に電話を掛け、道順を聞きながら家に向かう。
駅から徒歩5分だと言っていたが、直線の道をコンビ二の角で曲がるだけという、なんともわかりやすい。
若菜の家は、洋風建築で淡い色合いの可愛らしい感じだった。
―――くっそぉ、祐樹のやつ。
こんな家に若菜ちゃんと二人っきりで住んでるなんて…。
まるで、新婚さんじゃないかよぉ。
などと悪態をつきながら、玄関前に立つと一呼吸してブザーを押す。
するとドアホンから、可愛らしい声が聞こえてきた。
―――うわぁ、おいおいこれが若菜ちゃんか?
まだ、声しか聞いていないというのに既に舞い上がっている貴史。
このすぐ後の4人の女子高生の行動を知ったら、どうなるだろうか?
ドアが開いた途端の光景に祐樹以上に固まった貴史。
「「「「貴史さん、いらっしゃっい」」」」
ノックアウトというのは、こういうことを言うのだろう。
うぉぉぉぉぉっ―――
と、叫びたいのを必死に抑える貴史。
「本日は、お世話になります。祐樹の同僚で友達の加山 貴史です」
かなり猫を被っているなと思う祐樹だったが、彼の心の中はお見通しである。
もう、想像以上にデロデロに溶けまくっているのは確か。
「貴史さん、早く入って下さい」
さっきと同じように茜と美咲に腕を引っ張られて、リビングに連れられて行く貴史を笑いを堪えながら見つめる祐樹。
自分も同じことをされたのだが、人のを見るとまた違った意味で面白い。
貴史はスーツから一変して、カジュアルなデニムにジッパージャケットを羽織っているというスタイルだったが、これも祐樹同様に脱がされてそのままソファーに沈められた。
女の子が4人集まると華やかさというより、迫力を感じるのは気のせいだろうか?
「あの、えっと若菜ちゃんは?」
自己紹介をしていない貴史には、どの子が若菜なのかわからない。
まぁ、多分この子だろうなというのは、推測できたが…。
「はい、私です」
「あっ、これうちの近所で買って来たんだけど。妹が美味いって言うからみんなで食べて」
『私です』と前に出て来た若菜を見て貴史は、その推測が当たっていたなと思う。
祐樹が『そんじょそこらのアイドルなんか相手にならないな。めちゃめちゃ可愛いくて』とは言っていたが、大袈裟過ぎるとずっと思っていたのだ。
それが、実際目の前にすると嘘ではなかったのだと正直驚かずにはいられない。
―――かぁー、こんな可愛い子と一つ屋根の下かよ。
祐樹のやつ、どこまで幸せものなんだぁ。
「あっ、これマリンの。私このお店のミルフィーユ、大好き」
幸の発した言葉に我に返った貴史。
視線の先には見覚えのある、というよりも毎日駅で見かける女の子が…。
制服姿でなかったのですぐに気付かなかったが、間違いない。
「君…えっと、知ってるの?」
「はい。私、中山 幸と言います。うちの近所だから、よく買いに行くんですよ。全部美味しいけど、私はミルフィーユが大好きなんです」
幸は貴史のことには気付いていなかったようで、少しホッとしたりもする。
まさか、いつも見ていたなんてことがバレたりしたら、ストーカー扱いされてしまうだろう。
「幸ちゃんとは、家が近いのかもしれないね。もしかしたら、どこかで会ってるかもしれないなぁ」
「私、駅で見かけますよ。貴史さんのこと」
「え…」
―――ヤバイ、バレてたかよ。
どうするんだよ…俺。
「え?幸、貴史さんと知り合いなの?」
「知り合いじゃないけど、毎朝駅で見かけるから」
意外な展開に茜が興味津々で、ツッコミを入れる。
二人がお互いに駅で見ていたとは…。
というよりも、貴史の視線に幸が気付かない方がおかしいかもしれないが…。
「なんだ、そうかぁ」
「ふぅぅん」とか、言いながら祐樹がソファーの背後から貴史の肩をグィッと掴んで揺する。
―――何が言いたいんだ、こいつ…。
含み笑いの祐樹を睨みつけるようにして見上げる貴史。
「貴史さん、友達を紹介しますね」
そんな時にナイスタイミングで話題を変える若菜が、今の貴史には女神に見えたに違いない。
もう一度、幸、茜、美咲の順に紹介するとみんなお腹が空いていたこともあって、すぐ食事にすることにした。
ほとんど出来上がっていたが、パスタはできたての方がいいとみんなで楽しそうに茹でている姿を見ながら祐樹が貴史の隣に座る。
「幸ちゃん、綺麗だもんな。そりゃ、見惚れるよな」
「なんだ、その棘のある言い方は」
幸は、日本人離れした顔立ちが一際目を引く女の子だった。
貴史でなくても、つい目が行ってしまうのは仕方がない。
「お前、だから会社来るの早いのか」
祐樹も若菜と一緒に家を出るせいで、わりと早く会社に着いてしまうのだが、貴史は輪をかけて早い。
結構ずぼらな貴史が、どうして朝だけあんなに早いのかと思っていたらどうやらこういう裏事情があったというわけか…。
「馬鹿言え。なんで、俺が―――」
「隠さなくてもいいぞ。でも良かったな、駅で見つめるだけじゃなくて、正々堂々と話ができるんだからな」
「お前なぁ…」
強く言い返せないところが情けないのだが、祐樹の言う通りである。
今日ここに誘われなかったら、幸とは一生交わることのない関係で終わるはずだった。
それが、どうこうということではないのだけれど…。
「でも、気をつけろよ。お前、かなり要注意人物らしいからな」
スィーツで株は上がったものの、幸には若菜を狙う要注意人物としてインプットされていることに変わりはない。
そして自分を毎朝見ている、ストーカーまがいとも。
祐樹の言った意味が貴史にはわからなかったが、この後色々起こることになるのは確実だった。
◇
「ねぇ、幸。貴史さんも、カッコいいね。毎日、駅で会えるなんていいなぁ」
ストーカーまがいのことをされているとは知らない茜は、幸がただ羨ましいと思ってしまう。
「何、言ってるのよ。あの人、駅であたしのこといっつも見てるのよ。みんなと同じ電車に乗るから、早く行くとかできないじゃない?まぁ、方向が違うからいいかなって思ってたけど、まさか祐樹さんのお友達とはねぇ」
幸は、毎朝、駅で見かける貴史のことを前から知っていた。
貴史は、祐樹と同じくらいの身長だが、何かスポーツでもやっていたのかガタイがいい。
それに世間一般で言うイケメンというやつだろうか、決して見られていることに嫌な感じを受けるわけではないが、見知らぬ人物に見られているというのは、あまり気持ちのいいものではなかった。
同じ電車には乗らないから、さほど気にはしていなかったが、まさかこんなところで顔を合わせるとは思いもしない。
偶然というものは、恐ろしいなあと思わざるを得ない。
「でも、祐樹さんのお友達なんだから、変な人とかじゃないんでしょ?」
「そんなこと…」
若菜は、美咲の言ったひと言に強く言い返すことができなかった。
貴史は、そんな人ではないと思いたいが、実際は…。
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