ようやく食事が出来上がり、6人でダイニングテーブルの席に着く。
安西家は3人家族だったけれど、父親の職業柄来客も多い。
だから、ダイニングテーブルだけは8人座れるものが用意されてあった。
そこで毎日祐樹と二人っきりで食事をするのは少し寂しいものがあったが、今晩は違う。
祐樹と貴史が向かい合って真ん中に座らされ、その両端をみんなが囲むという、なんとも男性二人にとっては、最高の晩餐になったことは言うまでもない。
「うわっ、すっげぇ美味そう。これ、みんなで、作ったの?」
「そうですよ。貴史さん信じてませんね?まぁ、ほとんどが若菜ですけど」
色とりどりの皿が食卓に並んでいるが、本当にここにいるまだ女子高生の4人が作ったのか?と貴史は疑ってしまうくらいだった。
が、実際は美咲の言うようにほとんどを若菜が作っているのだが…。
「祐樹が、若菜ちゃんは料理が上手いって自慢してるけど、本当なんだね。毎日お弁当を見てるから、わかってはいたんだけど」
祐樹が若菜と同居しているという話を聞いた時、『料理は美味いし、よく気が付くし、もう最高だよ』と話していたが、その通りだった。
会社で毎日お弁当を見せられてそれはわかっていたのだが、実際目の前にするとこれは羨ましいというよりも妬ましいとさえ思ってしまう。
可愛い上に料理が上手くてよく気がつくという若菜と祐樹は、一緒に住んでいて本当になんとも思わないのだろうか?
可愛い妹なんていうのは建前で、血が繋がらない男女が一緒にいれば、それは恋に変わってもおかしくないはずなのに。
「そんなことないです。みんなも、ちゃんと作ってくれましたよ」
「ねぇ、早く食べよう。私、お腹空いちゃった」
若菜の謙虚な言葉など、相変わらずマイペースの茜にはどうでもいい話のよう。
みんなお腹が空いていることは同じだったから、それ以上は言わないけれど。
「じゃあ、冷めないうちに食べようか」
例のごとく、祐樹は両手を合わせていただきますと言う。
若菜と貴史は毎日見慣れているからもうなんとも思わないが、初めてのみんなにはちょっと違和感があったかもしれない。
「あぁ、これこいつの癖。田舎もんだから、気にしないでやって」
貴史のフォローが、フォローになっていないような気もするが…。
「田舎もんは、ひと言余計だ」
二人の会話にみんなは、噴出してしまう。
若菜は、自分と話している時の祐樹しか見ていない。
仲のいい友達と話している時は、こんな感じなのだとひとつ新しい発見をしたなと思った。
「美味いっ」
「本当ですか?じゃあ、これも食べてくださいね」
まず、チキンスープに手をつけた貴史の褒め言葉に隣に座っていた茜が別の皿を薦める。
男性陣は体も大きいし、なにせまだ若いわけで、食欲も旺盛だろう。
そう思った若菜は、他のメニューも用意していたのだ。
そんな和んだ雰囲気の中で、幸だけはどうしても貴史を受け入れられなかった。
毎朝、駅で自分を見ている怪しい人物というのもあったが、この軽いノリもマイナス要素のひとつであったと思う。
外見に似合わず祐樹はとても真面目で、若菜のこともちゃんと気遣っている。
年齢にしては妙に大人びた気もしないでもないが、だからこそ若菜の両親は、可愛い一人娘を彼に任せて旅立ったのだろう。
逆に貴史は歳相応、ついこの間まで大学生だったのだから、他の同年代の男性と比較しても変わりないはずなのにこの二人がどうして友達なのかも理解できない。
二人並べば誰もが目を向けるほどのいい男ではあるが、性格が違いすぎるように思うのは幸だけだろうか?
「どうしたの?幸、全然食べてないじゃない」
幸の向かいに座っていた若菜が、幸の手が止まっているのを見て声を掛けた。
「そんなことないよ」
そう笑って返す幸だったが、若菜には何かいつもと違うように思えてならなかった。
そして、隣にいる貴史も同じように気にかけていたことを幸は、気付くはずもない。
◇
楽しい食事も終わり、女の子達の心は既に貴史が買ってきてくれたスィーツへと移っていた。
確かにデザートは別腹なんてことを言うが、あんなに食べてもまだ食べられるこの子達の体は一体どうなっているのだろう?
祐樹は、人類の七不思議だなと大袈裟なことを思ってしまう。
「みんなは、何を飲む?えっと、コーヒー、紅茶、ほうじ茶に…」
「私は、紅茶」
「私も〜」
「私、コーヒー」「俺もコーヒー」
「俺は、ほうじ茶」
「「「「ほうじ茶?!」」」」
最後に言った祐樹にみんなの視線が、一気に集まった。
若菜がほうじ茶と言ったのはてっきり冗談かと思ったが、祐樹がいつも飲むのを知っていて真面目に言ったのだ。
祐樹はあまりコーヒーも紅茶も飲まないが、必ず食後にほうじ茶だけは欠かさない。
―――俺、なんか変なこと言ったかよ。
まるで、変人扱いのみんなにどう答えていいものか…。
「お前、どこまでジジくさいんだよ」
「ジジくさいって、ほうじ茶のどこが―――」
「これから、スィーツを食うってのにほうじ茶かよ。饅頭や羊羹じゃあるまいし」
確かに普通は、洋菓子にほうじ茶は飲まないだろう。
誰が決めたわけでもないし、現に祐樹はそうしているのだから、それはそれでいいはずなのだが…。
「祐樹さんって、面白いですね」
幸は、今時の若者とは少しかけ離れているそんな祐樹に好感を持っていた。
が、自分と貴史が同じコーヒーを頼んだのは納得できないけれど。
「紅茶とコーヒーが2つにほうじ茶ですね」
若菜は、まるで喫茶店のウエイトレスのように何事もなく注文を受けるとキッチンへ消えて行った。
幸が言っていたように“マリン”のスィーツは、どれもとても美味しかった。
特に好きだというミルフィーユもその中に入っていたが、みんなで色々食べ比べてみても幸がイチ押しするのも頷ける。
「美味しかった〜。貴史さん、ありがとうございます」
本当に美味しかったというのが、茜を見れば一目瞭然。
後に続いて、みんなも貴史にお礼を言う。
「どういたしまして」
少し照れている貴史だったが、祐樹は自分だったらこういう気は絶対に回らないなと思った。
◇
その後は、みんなでトランプをすることに。
まるで修学旅行のノリだが、こういうベタな遊びほど盛り上がるものである。
みんなが夢中になってやっている時、先に上がった幸はすっかり忘れていたが、自分が洗い物担当だったことを思い出した。
今のうちにやってしまおうとひとりキッチンに入る。
なんとなく男性が側にいるというのが、慣れないというのもあったかもしれない。
「幸ちゃん、何をしているんだい?」
いきなり声を掛けられて、思わず洗っていたお皿を落としそうになった。
対面式のキッチンだったので、顔を上げるとカウンター越しに貴史が両肘を付いて前に乗り出すようにして幸を見ている。
「えっ…私、洗い物担当なので。あの…貴史さん、何か…」
「ううん、そういうわけじゃないんだ。幸ちゃん、なかなか戻って来ないし、俺も上がっちゃったから」
先に上がってしまった幸がなかなか戻って来ないので、次に上がった貴史は、様子を見に来たのだ。
だが、まさかそんなことでここへ来ると思っていなかった幸は、どう返事を返していいかわからない。
「幸ちゃん、どうして洗い物担当なの?」
「私、料理できないんで、初めから洗い物担当ってことになってるんです」
ここで貴史に自分の恥をさらすのもなんだが、嘘を言っても仕方がない。
「そうなの?じゃあ、俺も手伝うよ」
「え?いっ、いいですよ」
「遠慮しないで」
貴史は、幸の言葉など聞かずにキッチンの中へ入って行く。
体の大きい貴史に入口に立たれてしまっては、どうしようもない。
「これ、拭けばいい?」
洗い終わった食器を貴史は、布巾で拭いていく。
幸は、黙って頷くしかなかった。
「幸ちゃん、俺のこと変なヤツって思ってるよね」
「えっ…そんな…」
思ってることを言い当てられて、なんと言えばいいのだろうか…。
「いいよ、隠さなくても。実際、そう思うもんな、俺の行動を見れてばさ。幸ちゃんを毎日駅で見ていたのは事実だから、否定はしない。でも、これだけは信じて。絶対、変なつもりで見ていたわけじゃないんだ。ただ、幸ちゃん無理してないかなって」
「え?」
「ごめん、俺の勝手な思い込みなんだけど、そう見えたから」
貴史は、毎朝駅で見掛ける幸を初めは綺麗な子だなという印象で見たのは、間違いない。
さっき、祐樹も言っていたように日本人離れした顔立ちが目を引くのと同時に何か貴史には、幸が無理しているように見えてならなかった。
辛そうな顔をしているとかそういうことではなかったのだが、なんとなく貴史にはそう見えたのだ。
「そんなこと…」
「なら、いいんだけど。幸ちゃん、兄弟いる?」
「妹が」
「そっか。ほら、妹や友達、彼氏にも話せないことってあるでしょ。俺でよかったら、話だけでも聞くからさ」
見ず知らずの貴史に心の中を見透かされていたことが、幸には信じられなかった。
そして、彼は単なる軽い男ではなかっということも。
「後で、携帯のメルアド教えてもらっても、いいですか?」
「いいよ。なんなら、番号も教えておくけど」
こういうところは微妙なんだが、そこが貴史らしさなんだろう。
「いいえ。番号を聞いても、掛けませんから」
「うわぁ。幸ちゃん、きっつー」
大袈裟に落ち込んでみせる貴史だったが、幸にはなぜ祐樹が貴史を友達に選んだのか、少しだけわかったような気がした。
そして、この二人のやり取りをそっと見ていた祐樹に後で貴史が追及されたのは言うまでもない。
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