Symbiosis
Story14


若菜の家に遊びに行った日から幸は、毎朝貴史と駅で会話を交わすようになった。
自分を見ている不審人物から別の存在に変わりつつある貴史に幸も戸惑わないわけではなかったが、そこは彼の性格なのか話をしているとそんなこともすぐに忘れることができた。
約束通りメルアドの交換はしたが、電話番号は貴史のを聞いただけで幸のものは教えていない。
そういうところは頑固とでも、言うのだろうか。

「幸、さっきから携帯ばかり見ているけど、誰かの連絡を待ってるの?」

若菜は、そっと幸の方へ近寄ると耳打ちするように言う。
短い授業の合間に幸は、何度も携帯を見る仕草をしていて茜も美咲も少し席が離れていたが、若菜は幸の斜め後ろの席だったからそれがよく見えた。

「え?そっ、そういうわけじゃ…」

時間があると無意識に手が、携帯にいってしまう。
それを若菜に見られていたことに気付かなかった幸は、慌ててカバンの中にしまった。

「隠さなくてもいいわよ。貴史さんでしょ」
「どうして、それを…祐樹さん?」

若菜はあまり相手のことに干渉するタイプではなく、どちらかと言えばそういうことには疎いように幸は思っていた。
だが、実際はわかっていても口には出さないだけ、でも今回だけは若菜も事情が少し違う。

「ううん。祐樹さんは、何も言わないわよ。でも、見てればわかるもの」

あの日を境に幸の表情が変わったのに気付いたのは、若菜だけではない。
美咲も同様に思っていたし、ひとり気付かない子もいるけれど…。

「そっか、バレてたんだ。なんか、恥ずかしい」
「恥ずかしいことなんて、何もないわよ。貴史さんは素敵な人だし、幸もすごくいい顔してる。よかったね」

若菜も初めに幸から毎朝駅で見ている不審人物と聞いていたのでまさかとは思っていたが、どうもそうではなかったことが帰りがけにわかった。
みんな同じ方向、ましてや貴史と幸は同じ駅に住んでいるのだから一緒に帰るのは当たり前だけど、祐樹と若菜が見送るために最寄の駅まで付いて行ったのだが、その間ずっと二人は一緒に話をしていたのだ。
茜は祐樹との話に夢中で気付くはずもないが、美咲と話しながら歩いていた若菜はすぐに二人の間に何かあったのだと理解した。
それからの幸の表情は、とても柔らかく明るいものになって、若菜は二人がいい方向にいっているのだなと思い心から喜んでいたのだった。

+++

「何、ニヤけてんだよ」

昼休み、いつものように会議室で昼食を食べていると携帯を見ながら貴史がひとりニヤけている。
その理由が祐樹にはすぐわかったが、敢えてイジワルな言い方をしてみる。

「別にニヤケてなんか、ないぞ」
「そんなわけないだろうが。さっきから、顔が緩みっぱなしだぞ」

「そうか?」とか言いながら、上の空状態で強く否定しない貴史に少々ムっときたりもする。
先週末、家に遊びに来た貴史が幸といい関係にあることを祐樹は知っている。
初めはどうなることかと思ったが、キッチンでの二人を見ればそれが違ったのだということがすぐにわかった。
明けて月曜日に問いただしたらあっさりと全部話してくれたし、メルアドを交換したことも聞いていた。
にしても、この変わりようはどうだ?
同期にももちろん女の子はいるのと貴史の性格だから、結構モテるのはわかる。
あからさまにモーションをかけている女の子もいるが、こいつは意外にもそういうところはきっちりと分けていた。
そこが貴史の良さと思っていたのだが、5歳も年下のそれも相手はまだ女子高生だというのにこの態度はどうなんだ?
遊びでないことだけは確かだろうが、こんな姿は周りにはあまり見せたくないかもしれない。

「あのさ、今度幸ちゃんをデートに誘いたいんだけど、お前も付き合ってくれないか?」
「はぁ?」

何で、貴史と幸のデートに自分が付き合わなければならないのか?
祐樹は、飲みかけていたペットボトルのお茶を思わず噴出しそうになった。

「別に3人でって、言うんじゃないんだ。若菜ちゃんも誘ってさ、4人でどこかに行かないか?」

貴史は、メールでのやり取りだけでなく、幸とどこかに出掛けたいという気持ちがあったが、いきなりデートに誘っても恐らく彼女はうんとは言ってくれないだろう。
でも、若菜や祐樹も一緒なら、きっとOKしてくれる。
そう考えての申し出だった。

「まぁ、幸ちゃんのことだから、お前がいきなり誘ってもうんとは言ってくれないだろうけど」

祐樹にも、貴史の気持ちはわからないでもない。
が、そんな二人の付き添いに若菜と自分が付き合わされるのはどうなのだろうか?
少なくとも祐樹にとっては嬉しいことではあったが、若菜には迷惑な話のような気もしないでもない。
若菜のことだから、そんな事情を察してくれるとは思うけれど…。

「だろう?だから、4人でさ。お前にとっても、悪い話じゃないと思うけど」
「それは、どういう意味だ?」
「俺に聞くか」

なぜか立場が逆転しているように思うが、大事な友達の頼みである。
という理由をこじつけて、祐樹は誘いに乗ることにした。
早速、貴史は幸にそのことをメールで打つと即OKだという返事が返って来て、より一層彼の顔が緩んだことは言わなくてもわかるだろう。

+++

週末の土曜日、幸と若菜、貴史と祐樹の4人で、アメリカのキャラクターで有名なテーマパークへ出かけることにした。
他に思いつかなかったというのもあるし、祐樹など仙台に住んでいたこともあってなんと初めてだったのだから。

「俺、このテーマパークに行くの初めてなんだよね」
「祐樹さん、彼女とデートしなかったんですか?」

彼女がいなかったわけではないが、あまりお金のかかるデートはしたことがない。
仙台から千葉まで行くとなると相当のお金も必要になる。
単なるデートでは、済まなくなってしまうのだ。

「東京に住んでいる若菜ちゃん達とは違うからね。俺なんて、県外でさえも数えるほどしか出たことがないんだよ」
「だったら、初めてなのに私と一緒に行っちゃっても、いいんですか?」
「どうして?」

女の子同士ならともかく、なんとなくああいう場所は男性なら彼女と行くっていうイメージが強い。
初めてなら尚のこと、思い出に残ってしまうのではないかと若菜は思ったのだ。

「あぁ、俺は初めてが若菜ちゃんと一緒で、超ラッキーって思ってるけど」

これは、祐樹の本音である。
素直に気持ちを言ったつもりだが、若菜にしてみれば嬉しいような恥ずかしいような…。
若菜とて男性と一緒に出掛けるなどということは今回が初めてであって、4人というグループであってもあくまでも幸と貴史の脇役に徹するつもり。
そうなれば祐樹と二人になることは必至だったから、こんなふうに言われるとどう答えていいかわからない。

「私も男の人と出掛けるのは、初めてなんです」
「それこそ、相手が俺で申し訳ないね」
「そんなことないですよ。私、祐樹さんと出掛けるのすっごく楽しみにしてたんです」
「え?」

これも、若菜の素直な気持ちだった。
毎朝駅まで一緒に行くが、たったの5分間という短い間だけ、もっともっと二人で外を歩いてみたかったのだ。
祐樹と同居してまだ一ヶ月にも満たないが、初めの不安な気持ちなどすっかりどこかに行ってしまっていて、今は二人でいる時が楽しくて仕方がない。
これが恋なのかということについては、本人にもまだわからないことだったけれど、この時間ができるだけ続けばいいそう思う若菜だった。
そして、『祐樹さんと出掛けるのすっごく楽しみにしてたんです』などと面と向かって言われた祐樹のボルテージが一気に上がっていたなんて、若菜には全くわかっていなかった。


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