テーマパークへは、貴史の車で行くことにした。
若菜の両親は祐樹が安西家の車を使うことを許可していたが、貴史と幸の家は目的地の方向とは逆だったので、その方が都合がよかったからだ。
「祐樹さん。今、幸からの電話で、もう家を出たそうです」
「そう。じゃあ、あと30分くらいで来るかな」
たった今、幸からの連絡があったと若菜が2階から降りて来た。
土曜日ということもあって、早めに出発した方がいいと二人は7時に家に来ることになっている。
今日の若菜の服装は、フリルのたくさん付いたブラウスにカーディガンを羽織って、膝小僧が出るくらいの丈のパンツ姿。
場所も考えてのことだったのだろうが、やはりスラっとした足に祐樹の目がいってしまう。
―――何を着ても、可愛いんだよなぁ。
はっきり言ってただのオヤジのようだが、こればかりは誰がなんと言ってもそう思うのだから仕方がない。
「変…ですか?」
祐樹があまり見つめていたものだから、服装が変だったのではないかと若菜が勘違いしたようだ。
「違うんだ。似合ってる、可愛いなぁって思って」
思ったことを口に出しただけだったが、それを聞いた若菜が普通でいられるはずがない。
みるみる真っ赤に染まる頬にこれまた可愛いと思ってしまう祐樹だった。
―――ダメだ、ヤバイ…。
最近の祐樹は、自分でも本気でヤバイと思うくらい若菜が可愛く見える。
それは初めて会った時から変わらない感想だったけれど、どうやらそれだけでないことに段々気付き始めていた。
5歳も年下のそれもまだ高校生の若菜を恋愛対象に思うなど、自分には絶対あり得ないことだと思っていた。
だからこそこの話を受けたのであって、それが違うとなればその時はこの同居を続けられないことを意味している。
貴史が幸といい関係になっているという事実を踏まえれば、自分だってそういうことになってもなんらおかしくない。
しかしまだ同居は始まったばかり、これで若菜が卒業するまで今のままの状態を保ち続けることができるのだろうか…。
例えできなかったとしても、こればかりは絶対に自分の気持ちを表に出してはいけない。
そう心に固く誓う祐樹だった。
◇
少し早く到着した貴史と幸と一緒に一路、目的地へと向かう。
初め助手席に座っていた幸だったが、若菜の家に来ると後部座席へと移ってしまった。
せっかくだから二人並んで座ればいいのにと若菜も祐樹も思ったけれど、やっぱり恥ずかしかったのだろう。
逆にそうなれば自分達も並んで座らなければならないのだから、同じかもしれないけれど。
「幸、貴史さんの隣に座ればいいのに」
「だって、恥ずかしいもん」
「そんなことないでしょ?貴史さん、寂しそうだったわよ」
若葉の家に着いた時、幸だけが車から降りて祐樹と若菜を呼びに来た。
そのまま幸は若菜と一緒に後部座席に座ってしまったのだが、それを見た貴史が少し寂しげな表情をしているのを若菜はしっかり見ていたのだ。
「そっか、若菜も祐樹さんの隣に座れなくなっちゃったんだ」
「えぇ?」
人の心配をしている場合じやなかったのだと今更気付く若菜。
これでは、自分が祐樹と座りたかったと言っているようにも聞こえなくもない。
「そんなことないわよ」
「ごめんね、気付かなくて。じゃあ、途中で変わろうか」
「いっ、いいわよ」
ここで否定したものの、サービスエリアに立ち寄った際にあっさりと席が替わる。
しかし、前の席で楽しそうに話をしている貴史と幸を見ているとかなりいい雰囲気のようだ。
幸は外見と違って男の子と付き合っているという話は今まで聞いたことはなかったが、目の当たりにしてしまうと少し寂しい気もしてくる。
もう高校3年生、若菜は内部進学で受験をしないけれど、口に出さないが恐らく幸は外部を受験するのではないかと思う。
他の二人は内部進学とはっきり聞いていても、学部は変わってしまうだろう。
そうすれば、みんなバラバラになってしまうのは避けられない。
いつまでも同じままではないのだとそして、その頃にはもう祐樹もいない…。
若菜は、言いようのない不安と寂しさにどう対処していいかわからなかった。
+++
そんな沈んだ雰囲気を吹き飛ばすようにパーク内は、楽しいアトラクションでいっぱいだった。
「こんなすごいなんて、知らなかった」
初めての祐樹にはかなりカルチャーショックだったようで、少し興奮気味に感想を洩らす。
「お前、迷子になるなよな」
「なるか、この歳で」
とは言ったものの、人も多いしキョロキョロしていたら本気でみんなからはぐれてしまいそうだ。
「若菜ちゃん。こいつのこと、しっかり見ててね」
そう言って貴史は、若菜の手をとって祐樹の手に重ねる。
突然の貴史の行動に当人達もそうだが、幸も驚いた。
そして何事もなかったように今度は、幸の手を握る貴史。
本当はこれをしたかったのだが、いきなりやったのでは幸に手の早い男と思われてしまう。
こうしてしまえば、いい口実なることを初めから計算していたというわけだった。
―――貴史のヤツ。
と心の中で呟く祐樹だったが、そのおかげでこうやって若菜と手を繋いで堂々と歩けるのだ。
「若菜ちゃん、嫌なら言って」
「いえ、そんなこと…」
恥ずかしさのあまり、俯いてしまう若菜。
男の人と一緒に出掛けること自体初めてで、手を繋ぐなどということも一度もない。
でも、全然嫌なんかじゃないことを祐樹はわかってくれただろか?
「ほんとうに?」
「は…い…」
「だったら、もう少しこのままでもいい?俺、本当にはぐれそうだから」
祐樹のことだから本当にはぐれてしまいそう、そう思ったらさっきまでの恥ずかしさがどこかになくなった気がして、若菜の顔に笑顔が戻る。
それを見た祐樹は、ほんの少しだけ握る手に力を込めると先に行ってしまった貴史と幸の後を追うように歩き出した。
◇
「久しぶりに来ると知らないものがいっぱい」
「そうね、私もずっと来てなかったな」
幸の言うようにアトラクションもどんどん新しいものに変わっていくから、いつ来ても飽きることはない。
祐樹以外の3人もここに来るのは初めてではなかったけれど、片手で足りるほどしか来たことがないのは同じ。
若菜も高校一年の時に来たきりだった。
「ねえ、若菜も祐樹さんといい感じじゃない。で、どうなの?」
「どうなのって?」
若菜には、幸の質問の意味がわかっていない。
「やだなぁ、とぽけちゃって。祐樹さんとどうなの?って、言ってるの。すごくいい雰囲気だし、ずっと手を繋いでたじゃない」
「あれは、貴史さんがっ…」
「初めはそうだったかもしれないけど、嫌なら離せばよかったでしょ?」
「そうだけど…そういう幸こそ、どうなの?」
「ズルイ、そうやって話を逸らすなんて。まぁ、いいけど。実を言うとね、さっき貴史さんにメールのやり取りだけでなく、きちんと付き合って欲しいって言われたの」
「え?」
二人の間にそんな会話がなされていたとは…。
本来なら喜ぶぺきことなのに複雑な思いの自分がいるのも確かだった。
「それで幸は、なんて答えたの?」
「もちろん、はいって言ったわよ」
即答した幸に若菜は、どう言っていいかわからなかった。
「若菜は、反対?」
「ううん、それは絶対ない。だけど、幸が遠くに行っちゃう気がして…」
「私は、どこにも行かないよ。でもね、貴史さんと一緒にいると自分が自分でいられるの。若菜やみんなといるとそうじゃないってことでは決してないのね。うまく言えないんだけど」
幸の言おうとしていることは、なんとなく若菜にもわかるような気がしていた。
きっと等身大の自分でいられるのだろう、幸は少し無理してしまうところがあるのを若菜は知っていたから。
「ごめんね、変なこと言って。本当は嬉しいの、幸のことを大切に想ってくれる人ができたこと」
口では『よかったね』って言っていたのにいざとなると素直に喜べない自分が、情けない。
「わかってる。だったら、若菜も自分の気持ちに正直になろう」
「うん?!」
「祐樹さんのこと特別な存在だって、思ってるんでしょ?」
―――特別な存在…。
「もし、私が祐樹さんのこと好きだって言ったら、どうだった?」
「・・・・・」
若菜は、幸の問いにはっきりと答えることができなかった。
ふと祐樹に目を向ければ、楽しそうに貴史と話している。
もし、幸の言うようなことになっていたら、若菜はどう思っただろうか?
きっと素直に幸を祝福することなど、できなかったに違いない。
―――私は、祐樹さんが好きなの?
若菜は、さっきまで祐樹に握られていた方の手にそっと触れる。
我侭だって言われてもいい、あの温もりは自分だけのものであって欲しい。
パレードを見ていたら、すっかり辺りは夕闇に包まれていた。
行きと同じように運転は貴史で助手席には幸が座り、後部座席には祐樹と若菜が座っていたが、疲れたのか眠ってしまった二人の手がしっかりと握られていたのを貴史と幸は見逃さなかった。
NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.