Symbiosis
Story16


テーマパークに4人でデートをした日から、―まぁ祐樹と若菜は二人に付き合ったという形ではあったが―、祐樹の中にあった若菜の存在がより一層大きくなっていることにどう対処していいかわからなかった。

「祐樹、おいっ」
「あっ?」
「あっじゃないだろう。もう、昼だぞ」

2ケ月間の新人研修もそろそろ終盤にさしかかっている頃ではあったが、講義に集中できないどころか昼休みの鐘が鳴ったことすら祐樹は気付かなかった。

「お前、どうしたんだ?最近ずっとボーっとしてるけど。恋煩いか?それなら俺が、相談にのってやるぞ」

貴史はあの日、幸に正式に付き合って欲しいという申し出をしたところうまくいっていることもあったのだろう。
相変わらずのおちゃらけた言い方だったが、今の祐樹にはそれが当たっているだけにあまり触れて欲しくない話。
できれば、そっとしておいて欲しかった。

「別にそんなんじゃない」
「俺にも言えないことなのか…」

この2ケ月近くずっと共にしていた貴史には、祐樹の様子を見れば一目瞭然。
それを何も話してくれないことの方が、悲しかった。

「今から、若菜ちゃんに電話かメールしろよ」
「え?」

突然の貴史の言葉の意味が、理解できない祐樹。

「夕飯がいらない時は、前もって連絡するんだろ?今晩は、飲みに行くぞ」

そういうことか…。
配属されてしまえば仕事が忙しくなって、簡単に飲みに行くこともできなくできなくなるだろう。
そして、祐樹には貴史の優しさも十分にわかる。

「わかったよ」

若菜も今は同じように昼休みだろうが、電話を掛けるのは迷惑かもしれないし、今の自分の想いを悟られてしまうようで少し恥ずかしい気もする。
取り敢えずメールを打つことにして、夜若菜が家に帰った頃にもう一度電話をすることにした。



メールを受信した若菜は、それがすぐに祐樹からだとわかった。
というより、ここにいる友達以外に送ってくるのは祐樹しかいなかったからだが…。

「どうしたの?」

いつものように4人でお昼を一緒に食べていたが、メールを見た後の若菜の表情が少しだけ沈んでいることに幸が気付いて声を掛けた。
美咲と茜は、飲み物を買ってくるからと席にはいなかった。

「うん。祐樹さんから、貴史さんと飲んで帰るから夕食はいらないって」

二人で食事をすることが若菜にとってとても楽しいひと時だったから、それが今日はないのだと思うと少し寂しかった。
何でも美味しいと言って食べてくれる祐樹に今日は、何を作ろうかと考えるのも日課になっていたし…。

「寂しいんだ」
「え?」

幸に言われた言葉が、若菜の頸を掠める。

『もし、私が祐樹さんのこと好きだって言ったら、どうだった?』

そして、いまだに微かに残る手の温もりと確信した自分の気持ち…。

「若菜は、祐樹さんに言わないの?自分の気持ち」
「それは…。例えそう思っていたとしても、今は言えない」
「どうして?」
「だって。祐樹さんも迷惑なだけかもしれないし、それより一緒に住めなくなっちゃう」

若菜が仮に気持ちを伝えたとしても祐樹にとってみれば迷惑な話かもしれないし、それをきっかけに同居ができなくなるかもしれないのだ。
それならいっそ、自分の気持ちを押し殺してでも今の関係を続ける方がいい…。

「祐樹さんも若菜と同じ気持ちだって、私は思うけど…。そうよね、若菜は一緒に住んでいるんだものね」

お互いの想いが通じた時、同じ家に住んでいる二人が今までのように暮らすことはまず不可能だろう。
それは、あの真面目な祐樹が一番わかっているはずだった。
だから…彼は、自分の気持ちを最後まで言わないに決まっている…。

「辛いね…」

幸のこの一言は、若菜の胸に深く刻み込まれた。

+++

貴史と祐樹が、定時後すぐにやって来たのはどこにでもある居酒屋チェーン店。
初任給をもらったばかりの二人には、ここが妥当な線だろう。
取り敢えず、生の大を頼んで乾杯する。

「お前、毎日定時で帰るからこうやって飲むのはあの時以来か?」

貴史の言うように飲みに来るのは、急に誘われて若菜のことを話したあの日以来だった。

「そうなるか」
「いいよなぁ。若菜ちゃんの手料理を毎日食べられてさ」

あんな可愛い子が、毎日祐樹のために食事を作ってくれる。
それも美味しいとくれば尚のこと貴史には羨ましい限りだったが、特別な感情を抱いている祐樹を思えばそれは複雑かもしれないけれど…。

「そうだよ。お前が急に誘うから、せっかくの食事にありつけなかったじゃないか」
「俺が、悪いのかよ」

わざと強がってみせる祐樹にいつもの調子が戻ってきたなと貴史は安心しつつも、なぜか自分の方に分が悪いのが納得できない。

「なぁ、俺どうすればいいんだろう…」

ポツリと言った祐樹の言葉に貴史は、彼の今の想いを感じとった。

「若菜ちゃんのことか?」

黙って領く祐樹に貴史は、どう答えてやるのが一番いいのだろうか?と考える。
恐らく若菜も祐樹と同じ想いであることに間違いないはず、それは幸からも聞いていたことだった。
だったら、二人が付き合うことに何の障害もないはずなのだが…同居という特別な環境が、二人の間に立ちはだかる。
祐樹の立場を思えば安易なことはロにできないし、人一倍責任感の強い彼のことだから、貴史が何を言っても自分の気持ちを抑えてしまうだろう。
だからこそ、こんなに苦しんでいるのだと…。

「こんなはずじゃなかったんだ」

こんなはずじゃなかった。
これは、祐樹の誤算だと言ってもいいだろう。
まさか、好きになるとは…。
そして、祐樹が彼女の手を握った時、はにかむような表情の中にも小さく握り返してくれたのは…彼女も自分のことを…そう思ってもいいのだろうか?

「好きになったものは、しょうがないだろう?誰にも先のことなんてわからないんだから」
「そう…だな」
「まぁ、俺がお前の立場だったらやっぱりそうなるだろうしな。でもひとつだけお前と違うとしたら、俺はこの通りの性格だから、来年の春までなんて我慢はしない。彼女の親に直訴してでも、好きな子はモノにするということだ」

貴史の最後の言葉にこれが、彼なりのアドバイスなんだろうなと祐樹は思う。
しかしこれをそのまま祐樹が実行できるものではなかったが、それも選択技のひとつではあるだろう。

「後は、お前自身が決めるしかない。俺は、いつでも応援してるからさ」

こんなふうに自分を心配してくれる貴史の気持ちが、今は素直に嬉しかった。

「ありがとう」
「なんだよ。改まって、気持ち悪いな」
「気持ち悪いってことはないだろう?人がせっかく素直に言ってるのに」
「俺の前でなくて、彼女の前でも素直になれればいいのに―――まっそれを言っても始まらない。今夜は、飲もう。俺が、最後まで面倒見てやるから」

貴史は、残りのビールを一気に空けるとまだ全然手をつけていない祐樹の分まで、同じ物を追加する。
彼の勢いに負けた祐樹は調子に乗って飲み過ぎ、次の日酷い目にあったことは言うまでもない。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.