Symbiosis
Story18


「貴史、お前海外に行ったことあるか?」

同じ部に配属になった二人は、たまたまコピー機を使おうとして一緒になった。

「海外?一応、卒業旅行で韓国には行ったことはあるけど、それが何だ?」
「いやさぁ。若菜ちゃんのお父さんから、昨日彼女宛に手紙が届いたんだよ。その中に航空券が入って、俺にも夏休み一緒に遊びに来いって」
「遊びに来いって、シンガポールにか?」

祐樹は、黙って領いた。
娘に航空券を送るのはわかるが、同居人の自分にまで一緒に来るようにというのは太っ腹というかなんというか。
それに自慢じゃないが、祐樹は海外になど行ったことはない。
有名なテーマパークだってこの前、デビューしたばかりなのだから、もちろんパスポートだって持っているわけがない。

「やっぱり、金持ちのやることは違うなぁ。っていうか、お前チャンスじゃねえか」
「そう言うと思ったよ」

祐樹は、思った通りの貴史の反応に苦笑する。
はっきり言って若菜への想いを抱えたままでの生活は、正直来年の3月まで耐えられそうにない。
しかし、現状を考えたら祐樹の性格ではその想いを彼女に伝えることは無理だった。
当人の意思が一番ではあるが、両親の承諾を得ることもこの場合は必要なこと。
まだ、若菜の気持ちを聞いていないので難しいことではあるかもしれないが…。

「行くんだろ?」
「あぁ…」
「なんだよ、その気のない返事は。行って、さっさと自分の気持ちに区切りをつけて来いよ」

貴史の言うことにはっきり返事をすることができなかった祐樹だったが、若菜の両親こ自分の気持ちだけは話しておこうと思った。

+++

「若菜は夏休み、お父さんとお母さんのところへ行くの?」

そう聞いてきたのは、幸だった。
幸が貴史と付き合うようになってから、こうやって二人だけで話をすることが多くなったように思う。
決して他の二人に隠しているわけではなく、美咲は言わなくてもわかっているだろうし、逆に茜に言えば話が大きくなってしまうのがわかっていたから。

「私は行くつもりなかったんだけど、昨日お父さんから航空券が送られてきたの。だから、ちょっとだけ行って来ようかなって」
「そっかぁ。じゃあその間、祐樹さんはひとりでお留守番?」
「ううん。それがね、お父さん祐樹さんの分の航空券も送ってきたの」
「そうなの?いいなぁ、祐樹さんと一緒に行けるなんて。でも若菜は行くつもりなかったって、祐樹さんと離れるのが寂しかったから?」
「え…」

さすが幸は鋭いなあと感心してしまう若菜だったが、なんだか素直にそうだとは言いにくかった。

「いいよ、隠さなくても。いっそ、お父さんとお母さんに言っちゃえば?」
「えぇ?そんなこと…」
「どうして?いいじゃない。同居してたって、両親公認なら問題ないでしょ?」
「そうだけど…」

理屈はそうだが、そんなことを普通の親はとても許すと思えない。
まして、あの若菜の父親が…。

+++

祐樹の会社の夏休みは、8月の半ばの一遇間。
2日間は実家に顔見せと墓参りなどをしに帰るつもりだったので、シンガポールヘは4泊5日で行くことにした。
しかし、慣れている若菜に対して、祐樹は少々不安だった。

「忘れ物はないですか?」
「あぁ、それは大丈夫。何度も確認したからね。だけど、俺、海外初めてだしなぁ、そっちの方が心配、あんまり眠れなかったし」

そんな祐樹が、若菜にはちょっぴり可愛く見える。
―――5歳も年上なのに子供みたい…。

「そんなに心配することないですよ。シンガポールは、治安もいいし」
「若菜ちゃんがいてくれれば、平気かな?」
「私じゃ身体の大きい祐樹さんは、守れませんよ?」

そんな和んだ雰囲気だったが、道路が込むといけないので早めに家を出ることにした。
今回は、荷物もあるので安西家の車を借りて祐樹が運転する。
東京に出てきてからというものあまり車を使う機会もなかったので、実はこっちの方が心配だったけれど…。
しかし、何事もなく成田空港に到着して、チェックインカウンターで手続きを済ませて荷物を預ける。
祐樹には何もかもが初めてでおろおろするばかりだが、若菜は手馴れたもの。
海外生活からはだいぶ遠のいていたが、年に一回は家族で旅行に行っていたらしい。

「俺、実を言うと飛行機が苦手なんだ」
「え、そうなんですか?高いのがダメとか?」
「いや、高いところは平気なんだけど、あの浮いている感覚がね。何であんなデカイ鉄の塊が飛ぶんだって思うし」

海外が初めてで眠れなかったり、『何であんなデカイ鉄の塊が飛ぶんだって』真剣に話す祐樹が、若菜には可笑しかった。
それが自然に顔に出てしまったらしい。

「若菜ちゃん、今笑ったね?」
「え?いっいえ」
「いいよ、いくらでも笑って」

半ばヤケになって言う祐樹が、余計に可笑しくて止まるどころか笑い続ける若菜だった。

そして、機内に乗り込んで座席に座ると自然に祐樹の手が若菜の手を握る。
テーマパークに行った時のあの温もりをまた感じられて、若菜は無意識に祐樹の手を握り返していた。



7時間ほどのフライトで、定刻通りチャンギ国際空港へ到着した。
空港には若菜の両親が迎えに来ることになっていたが、それらしき姿は見当たらない。

「あれ?お父さんとお母さん、まだ来てないのかしら?」
「そうみたいだね」
「もうっ、娘がはるばる日本から来たって言うのにっ」

こんなふうに言う若菜を祐樹は今まで見たことがなかった、というより祐樹が安西家に来てすぐ若菜の両親が慌しく赴任してしまったので、家族の会話というものを見ていないという方が当たっているかもしれない。
―――だけど、いつも冷静でほとんど怒ったりしない若菜ちゃんなのになぁ。

それから10分ほどして、若菜の両親が現れた。

「祐樹君も若菜も待ったかい?早めに出たつもりなんだが、道路が込んでいて」
「ごめんなさいね。二人とも元気だった?」

若菜の両親も元気そうで、相変わらず若々しい。

「いえ、それほど待っていません―――」
「もうっ、お父さんもお母さんも遅い!」

祐樹の言葉を遮るように若菜が言葉を発した。

「ごめんごめん。若菜、そう怒るなよ」
「そうよ。そんな怒った顔してちゃ、せっかくの可愛い顔が台無しよ」

ふくれ顔の若菜の頬に母が手を添える。

「だってぇ…」

若菜はわざと強がった言い方をしていたが、本当は離れて暮らしていて寂しかったのだ。
それが母の優しい言葉で、一気に溢れ出した。

「あらあら、こんな大きな子が泣いたりして」

母は、そっと若菜を自分の胸に抱き寄せると小さな子供をあやすように背中をポンポンとたたく。
その様子を見ていた祐樹は、しっかりしていてもう大人だとばかり思っていた若菜が、まだ10代の高校生なのだと改めて感じたのだった。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.