若菜の父親の運転で、駐在先の家に向かう。
何もかもが初めての祐樹には、見に映るもの全てが目新しく初めて東京に出てきた時を思い出してしまう。
「祐樹君、もう実家へは帰ったのかい?」
「はい。おとといから一泊二日で、昨日戻って来ました」
「ご両親にもっと長くいればいいのにって、言われたんじゃないかな?」
「はぁ…」
若菜の父の言う通り、祐樹が実家へ帰ると早々に休みはいつまでなんだ?と聞かれ、正直に一週間と答えたものの滞在するのは一泊二日だけ。
それを話したら、何でそんなに早く帰るのかと散々言われたのだ。
仕方なくシンガポールに行くことを話せば、何でお前だけ?と今度は兄貴と弟に責められるし、何のために帰ったのかわからないくらいだった。
最後にはしっかり土産をせがまれたし。
「お父さんが内緒で勝手に航空券なんか送るから、祐樹さん迷惑したんじゃないかしら?」
母の話を聞いていると、どうやら父は祐樹の分まで航空券を送ったことを話していなかったようだ。
「いえ、とんでもないです。俺まで来てしまっていいのかなって」
「そんなことはないさ。おかげで、若菜もこうして来てくれたことだし」
バックミラー越しに父が、ちらっと若菜を見る。
一カ月ほど前、祐樹が若菜に夏休みは両親のところへ行くのかと聞くと、行くつもりはないと言っていた。
ちょうどその時、航空券が家に送られて来て今回のことになったのだ。
でも、両親の顔を見て泣いてしまった彼女がなぜ?
「私のことは、いいでしょ?」
両親と祐樹の会話を聞いて、誤魔化すように若菜が言葉を挟む。
父はそのことについて何か言いたそうだったが、彼女の顔を見るとそれ以上は何も言わなかった。
着いた先は、数ある中でも一際豪華な高層マンション。
国の面積が狭いというのもあるだろうが、今まで一軒家にしか住んだことがない祐樹には、どうも違和感があった。
「ここは景色もいいし、夜景も最高に奇麗なんだよ」
「すっご〜い。いいなぁ、お父さんもお母さんもこんなところに住めて」
はしゃぐ若菜に対して、祐樹は少し沈みがちだった。
普通の人なら高ければ高いほど景色がいいと好むのだろうが、エレベーターの宙に浮いているような感覚が飛行機を思い起こさせる。
まだ、地面に建っているだけ、いいのかもしれなが…。
しかし、エレベーターがガラス張りというのは、どうなのか?
「祐樹さん、大丈夫ですか?」
そんな祐樹を察して、若菜が声を掛けた。
「大丈夫だよ。これくらい」
若菜の両親の前でカッコ悪い姿を見せたくないと思った祐樹は、大丈夫なんだとアピールするためにわざとガラス越しから下を見下ろす。
―――うわっ、なんだよコレ。
早く着いてくれよぉ…。
『え?』
祐樹は手に暖かい温もりを感じて振り返ると、若菜がすぐ側にいて彼の手を握っていたのだ。
機内でも若菜がずっとこうしていてくれたことで、どれだけ祐樹が安心していられたか。
でも、両親の前でのこの行動は…。
はっと我に返ると、若菜の後ろにいた両親の顔が視界に入る。
しかし、祐樹の予想に反して二人の顔は、とても優しく穏やかなものだった。
部屋に一歩入ると、さすが有名商社の支社長の家だなと思う。
広さはどれくらいなのか?想像もつかないし、室内はものすごく豪華だった。
「すごい、家ですね」
「そうかい?こっちでは、みんなこんなものだよ」
至って普通に答える父に、住む世界が違い過ぎると祐樹は思った。
「祐樹君、疲れただろう?今日は、ゆっくり休むといいよ」
「はい。何から何まですみません」
安西家に住むようになってからというもの、祐樹は何一つしていないのだと改めて思う。
食事の世話からなにから、全て若菜がやってくれていたのだから。
それに加えてここまでしてもらうと正直申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「気にすることはないんだよ。若菜のことを見てもらっているんだし、君は私達の家族と一緒だからね」
「そうよ?うちには男の子がいないから、息子ができたみたいって喜んでたのよ」
「ありがとうございます」
祐樹は、二人の暖かい言葉に胸が熱くなった。
◇
その日の夕食は母が作ってくれた手料理だったが、日本食とは違うその国の味がとても美味しかった。
そして、久しぶりの一家団らんというものを味わったせいか、いつもより食もお酒も進んでしまう。
特に父はお酒好きだったこともあって、飲む相手ができたのが余程嬉しかったのだろう。
すぐに酔い潰れてしまった。
「もうっ!お父さんったら、こんなに飲んで」
若菜は、ソファーでぐったりしている父を横目に呆れたように言う。
「お父さん、嬉しかったのよ。今まで家族がこんなに長く離れて暮らすようなことってなかったでしょ?」
若菜が小さい頃は家族全員で赴任していたし、その後、父が短い期間での出張はあったものの、離れて暮らすようなことは今までなかった。
それが、既に離れて暮らして4カ月という月日が経っていたのだ。
「なのに若菜ったら、夏休みは来ないなんて言うものだから、口には出さなかったけどお父さん落ち込んじゃって」
「え?」
―――そうだったの?
「若菜は、もうすぐ18歳。立派な大人よね?好きな男性ができて、もうそういう人がいるのかもしれないんだけど、お父さんとお母さんから離れていってしまう。本当は、喜ばなければいけないことなのにやっぱり親にとっては、いつまでも子供は子供なのよ」
母は、若菜の気持ちをわかっていたのかもしれない。
そして、父も…。
「ごめんね、お母さん」
「いいのよ。でも、祐樹君ばかりでなくて、ちょっとはお父さんの相手もしてあげてね」
祐樹の方に視線を向けるとにっこりと微笑む母だったが、当人はどう返していいかわからない。
―――俺は、どうすればいいんだ…。
「うん。明日は、お父さんもお休みなんでしょ?色んなところを案内してもらうわね」
「そうね。うんっとお父さんに甘えちゃいなさい?今なら、欲しい物何でも買ってもらえるわよ?」
「ほんと?私ね、欲しいバックがあるの。あとね、洋服と靴と―――」
こんなに欲しい物があったの?というくらい、若菜の口から出てくる出てくる。
―――俺の前でもこんなふうに我がまま言ってくれたらなぁ。
少しだけ父に嫉妬する祐樹だった。
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