「俺さ、今叔父さんが会社で親しくしているという人の家に同居させてもらってるんだ。さっきの電話の相手は、その家の若菜ちゃんっていう今度高校3年生になる娘さんだよ」
祐樹はグラスに残っていたビールを飲み干すと傍にあった新しい瓶を取って自分のグラスに注ぎ、貴史にもグラスを空けるよう目で合図した後、注いでやった。
「何だ、そうか。でも、今日はその子の両親は不在なのか?あっいや、戸締りをしっかりしてなんて言ってたからさ。それならそう言ってくれればいいのに無理に誘ったりして悪かったな」
貴史は何も知らずに祐樹を誘ってしまったことで、1人家で留守番をしているであろう若菜のことを思い、悪いことをしたと反省していた。
「いや、別にそれはいいんだけど……」
―――ここで、実は二人だけで住んでいるんだと貴史に言ったら、どんな反応をするだろうか?
まぁ、だいたいの想像はつくが…。
「実は俺、若菜ちゃんと二人で住んでるんだ」
「えっ?」
貴史は箸で掴んでいた、から揚げを皿の上に落とした。
そして祐樹の方を見ながら、ジーッと考え込んでいる。
思い通りの貴史のリアクションに祐樹も苦笑するしかない。
「馬〜鹿、変なこと考えてんじゃねえよ」
祐樹は、軽く貴史の頭を小突くと貴史は大げさに「痛えなぁ」と頭を抑えた。
「商社に勤めてる父親が、この春シンガポールの支社長として赴任することになったんだけど、支社長っていうのは夫婦同伴が原則とかで単身赴任というわけにはいかなかったらしい。それに彼女は来年大学だし、あと1年だけだから連れて行くわけにもいかなくてさ。聖愛女学園という学校に通ってて、そこはそのまま大学まで行けるから。それで一年間俺がボディーガードってことで、一緒に同居することになったってわけだ」
祐樹の話を聞いて、ようやく真意を納得した貴史だった。
「聖愛女学園って言えば、超お嬢様学校で有名じゃねえか。俺らが高校生の時は憧れで、彼女を作るために文化祭に行くんだけど、まあ俺なんて都立高校だし全く相手にされなかったけどさ、男子が殺到して入場制限するんだぜ。あぁ、あのセーラー服姿が、堪らないんだよなぁ」
数年前の自分を思い出したのか、貴史はすっかり高校生に戻ったように懐かしそうに話していた。
貴史は生まれも育ちも東京で都立高校だしと自分では言っているがそれで大学が日本でもトップクラスの私大というのだから、かなりレベルの高い高校に通っていたのだろう。
「そうなのか?」
仙台で育った祐樹には、お嬢様学校とかそういうのはさっぱりわからなかった。
「お前、見てないのか?若菜ちゃんの制服姿」
「まだ、新学期が始まっていないからな」
若菜は家に居る時はラフな格好でジーパン姿が多くセーラー服を着ているところは想像できないが、あの容姿だからきっと誰よりも似合うに違いない。
―――新学期が始まるのが、楽しみだな…。
「何、ニヤけてんだよ」
祐樹は若菜のことを考えて、思わず顔がニヤけていたようだ。
「で、どうなわけよ。若菜ちゃんと二人っきりの生活はさ」
貴史はニヤニヤしながら、若い社会人の男と女子高生の生活を興味津々って顔で突っ込んでくる。
「どうって、別に」
しれっと言う祐樹だったが、お構いなしに貴史は質問をぶつけてくる。
「若菜ちゃんって、どんな子なんだ?可愛いのか?」
『可愛いのか?』と聞かれて、可愛いと答えるに決まっている。
「そりゃあ、存所そこらのアイドルなんか相手にならないな。めちゃめちゃ可愛いくて料理は美味いし、よく気が付くし、もう最高だよ」
「はぁ?」
呆れて、開いた口が塞がらない貴史。
祐樹にとっては本当のことだからしょうがないのだが、これは誰が聞いてもノロケにしか聞こえないだろう。
「しっかし、お前そんな可愛い子と一つ屋根の下に暮らししてて、よく手を出さずに居られるなっていうかもう出しちゃったとか?」
「馬鹿、そんなわけないだろう。俺は、彼女のボディーガードなんだぞ?一年間守る義務と責任があるんだよ」
「さっきから、馬鹿馬鹿言うな。それに健全な男子なら、そう考えるのが普通だろう?」
『何が、健全な男子だ』と祐樹は思ったが、確かに他人から見ればそう思ってもしょうがないというかそれが普通なのかもしれない。
祐樹は初めからそういう対象として若菜を見ていなかっただけであって、彼女はまだ少しあどけなさを残してはいるが、もう立派な女性なのだから。
「そうだな。でも、俺にはそんなふうには思えない。可愛い、妹って感じかな」
「そうか、まあ俺には頑張れよとしか言えないけどな」
貴史はポケットから煙草を取り出すと一本祐樹にも勧めたが、首を横に振ったので自分だけそれに火をつけてふーっと大きく煙を吐いた。
祐樹は二十歳を過ぎてから煙草を吸ってはいたが、安西家では誰も吸わないことと若菜が臭いにも敏感だと知ってから禁煙に励んでいた。
もちろん優しい彼女だから、自分の部屋でなら吸ってもいいと言ってくれていたが。
「このことは…」
「わかってる、誰にも言わねえよ」
貴史は、祐樹の言葉を遮るように言うとニッコリと微笑んだ。
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