Symbiosis
Story9


次の日の朝からいつもより少し早く起きて、自分のお弁当を作った。
と言っても前の日の残りのおかずにちょこっと手を加えるだけだから、そんな大したものじゃないのだけれど。
いつものように祐樹を起こして、お味噌汁とご飯をよそっている時に祐樹が若菜の側に来て少し驚いたように言う。

「あれ、お弁当?」

昨日は始業式だけだと言っていたからお昼はいらなかったが、今日からは通常通りの授業が始まる。
朝晩の食事はともかく、お弁当まで自分で作って持って行っていたとは祐樹も思わなかった。

「はい」
「今までも、自分で作ってたの?」
「そうですね、大体は。でも生徒会で早く学校に行かないといけない時もあって、そういう時はカフェテリアで食べてますけどね」

若菜は2年の時に先生に勧められて、生徒会の会長に立候補した。
あっさりと会長になってしまい、今年3年になってもなぜか無投票で更新させられてしまっていたのだ。
外部の大学を受験しない若菜は、3年の前期まで会長を務めることになる。
新学期が始まったばかりの時はそうでもないのだが、段々慣れてくると遅刻する者が多くなるので定期的に毎朝校門の前に立ってチェックをしなければならない。
その期間だけは早めに家を出るので、お弁当はなしにしていた。

「へえ、若菜ちゃん生徒会に入ってるんだ。何をやってるの?」
「何だと思います?これでも、会長なんですよ」
「会長?すごいね」

何となくそうではないかと祐樹は思っていたが、実際生徒会長となればやっぱりすごいと思う。
彼女のことだから、同級生からも下級生からも人望が厚いに違いない。

「そんなことないですよ。副会長の2人がしっかりしているから、私は何もしてないんです」

若菜のことだから自分1人で抱え込むのではなく、うまく周りの人を使って生徒会を纏めているのだろう。

「それにしても、お弁当美味そうだね」
「そうですか?昨日の残りとかなんですけど」

昨日食べたものと言えば肉じゃがのはずだが、お弁当の中にそれは見当たらない。

「昨日の残りって、肉じゃがのこと?」
「これが、そうなんですけどね。肉じゃがって汁が多いから、あんまりお弁当向きじゃないんです。だから、汁気を切って卵とチーズを乗せてオーブンで焼いてみたんです。洋風な感じで、結構美味しいんですよ」

意外な発想にも驚いたが、汁が多いとかそういうところまでちゃんと考えているところは脱帽した。
確かに肉じゃがは汁が多いからお弁当に入れると持って行く間に傾いたりして、鞄に汁がこぼれたりする。
祐樹の母などはそんなことはお構いなしで入れてしまうので、一度大変な目に合ったことがある。
女の子は、特にそういうのを気にしそうだ。

「若菜ちゃん、将来料理研究家になれるよ」
「あはは、それは大げさですね」

照れているのか、それは絶対ないって様子だが、祐樹にはまんざらそうでもないような気がしていた。

「祐樹さんは、毎日お昼はどうしているんですか?」
「俺?会社の社員食堂に行ってるよ。値段も安いし、味もまあまあだけど混むのがね。エレベーターも1回じゃ乗れないから、1時間の休み時間でもすぐ終わっちゃうんだ」

なにせ、何千人もの社員が1つのビルで働く会社である。
シフト制で部によって時間をずらして昼休みを取ってはいるものの、それでもエレベーターや食堂が混むのは仕方がない。
売店で買うのも同じことだし、毎日コンビニというのも飽きてしまう。

「それなら、祐樹さんもお弁当にしますか?」
「え?それは、できないよ。ただでさえ、朝晩の食事も作ってもらってるのに」

さすがにそこまではずうずうしいというか、頼めない。
若菜は手際がいいとは言っても、負担が大きいのは目に見えている。

「そんなことないですよ。こんなのでよければの、話ですけどね。1つ作るのも2つ作るのも同じですから、遠慮しないでください」

甘えているとはわかっていても、こんなふうに言われるとついお願いしますと言いたくなってしまう自分が情けない。

「じゃあ、お願いしてもいいかな?あっ、でも若菜ちゃんが持って行かない日はいらないからね。それと絶対無理しないで」
「わかりました。帰りにお弁当箱、買ってきますね」

「祐樹さんには、どんなのがいいかな?」と顎に指をあてて、一生懸命考えている若菜を見ていると本当に心が和む。
つくづく、祐樹はこの話を受けて良かったなと思っていた。
初めは、躊躇わなかったわけではない。
やはり初対面でまったくの他人、ましてや男と女ともなればそんな二人が同居するなどということは、色々な問題があって当たり前。
性格の面だとか生活環境の違いとか、色々あるはずなのにそんなことはどこかに忘れてきてしまったのではないかと思うくらい二人の関係はうまくいっていた。
これも、祐樹が勝手に思っていることかもしれないが…。
少なくとも今の感じでは若菜もそうだろうと思う、いや、そう思いたい。
こんな時間がいつまでも続けばいい、祐樹はそう願わずにはいられなかった。

今日も祐樹は若菜に合わせて早い時間に家を出て、駅に着くと先にホームに入って来た電車に若菜が乗る。
振り向きながら小さく手を振る若菜とは別に今度は、電車に乗っていた若菜の友達3人も祐樹に気付き、手を振っているのが見える。
祐樹は4人に軽く微笑み返して、電車が行くのを見送った。

「おはよう、若菜。今日も祐樹さん、一緒に来てくれたんだね」
「おはよう。うん準備しちゃって1人で家に居てもしょうがないからって、昨日は言ってたんだけどね」

幸の想像では、祐樹は若菜と一緒に来たかったのではないかと思った。
なぜなら制服姿の若菜と並んで歩きたくない男など、いるはずがないのだから。
それくらい、若菜の制服姿は目を引く。
なにせ入試案内の表紙にもなっているくらいで、HPにも同じものが載っているが、それを見た芸能プロが門の近くで張っていたこともあったのだ。

「ねえ、ほんとに祐樹さんってカッコいいね。いいなあ、あんな素敵な人と一緒に暮らしてるなんて」

昨日は見られなかったと残念がっていた茜も、今日は見ることができて満足そうだ。

「それで、祐樹さん。若菜の家に泊まりに行ってもいいって?」

美咲が、昨日のことを早速聞いてきた。

「うん。いいって言ってたよ。でもなんか睨まれそうで怖いって、言ってたけど」

勘のいい幸と美咲には祐樹の気持ちがすぐにわかったが、当人と茜にはさっぱりわからないことだった。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.