ふぁ〜。
最近、どうも体の調子が悪い。
頭が痛いとか熱があるわけでもないのだが、どうにも胃がムカムカしてすっきりしない。
胃薬を飲んでも、気休め程度にしかなっていなかった。
「エリ、飲み過ぎ?」
エリが給湯室で薬を飲もうとしていたところへ、ちょうどコーヒーを入れにやって来たのは沙希だった。
「ううん。お酒は全然飲んでいないんだけど、なんか胃の調子が悪いみたい」
「大丈夫?働き過ぎなんじゃないの、課長みたいなことになったら大変よ?」
一士が過労で倒れたことがあってから部内では気をつけるようにしていたけれど、どうしても無理してしまうところがあった。
それにしてもここ数日は早めに帰るようにしていたし、別段無理をしているとは思っていなかったのだが。
「残業もそんなにしてないんだけど」
「ならいいけど、気をつけてね。友達で調子が悪いのにずっと我慢してた子がいて、さすがに我慢できなくて病院に行ったら子宮筋腫だったらしいの。幸いたいしたことはなかったんだけど、子供が生めなくなったりしたら大変だもの」
―――えっ、そう言えば…。
「今日って、何日?」
「何よ急に。今日は、7日じゃない」
「7日…」
―――嘘…来てない…。
月が変わっていたのも気付かなかったが、先々月から来ていないことになる。
「何、どうしたのよ」
「来てないの」
「来てないって?」
沙希には何が来ていないのか、さっぱりわからない。
わかるのは、ただならぬ様子のエリに何かがあったということだけ。
「アレ、アレが来てないの」
「え?アレって…」
周りを見回しながら、「デキタかもって、こと?」と沙希が囁くように言うとエリは、小さく頷いた。
普段から不順だったためにさほど気に留めていなかったが、既に2ヶ月近くなろうとしていることと胃のむかつきという症状を重ね合わせれば、その可能性は高いかもしれない。
「課長、ちゃんとしてなかったの?」
「いつもは、そうなんだけど…」
もちろん一士は避妊をしていたが、あのバスルームの時だけは別だった。
―――どうしよう…。
「ねぇ、どうしよう」
「どうしようって…。それは、課長に全部話してなんとかするしかないでしょ」
「そうだけど…」
「心配しなくても、課長ならエリのこと幸せにしてくれるわよ。あ〜エリもとうとう、ママになっちゃうのね」
「ちょっと、まだ早いって」
「産休取って戻って来るのよ」なんて、暢気なことを言っている場合じゃないのに〜。
沙希はすっかり他人事で、盛り上がっているし…。
―――はぁ…。
本当にどうしよう…。
「まずは、検査薬で調べるか病院に行ってきちんと診察してもらいなさい。それから、課長とよく話して今後のことを決めることね」
「うん、わかった」
「何よ。相手が課長じゃ、不満なの?」
「そんなこと…ないけど…」
一士のことは尊敬できるし、私みたいな可愛くない女を好きになってくれる人なんて、彼以外きっといないだろう。
でも、自分には結婚も子育てもずっと先の話だと思っていたのに、いざ現実になるとどうしても実感が沸いてこないのだ。
「まぁね。課長はともかく、エリは結婚なんてまだ考えてなかったでしょうし、いきなり子供ってなればね。私が同じ立場でもそうだと思うから、偉そうなことは言えないんだけど」
沙希だってエリの立場だったら、やっぱり同じように思うだろう。
まだ、結婚も子育ても漠然としか頭になかったのだから。
「取り敢えず、話してみる」
「私も力になるから」
「ありがとう」
側に何でも話せる親友がいることをありがたく思いつつ、一士にいつ切り出すか…。
エリには、そのことで頭がいっぱいだった。
+++
沙希に言われたように病院に行く前にと検査薬を買ったものの、なんだか怖くてすぐに使うことができなかった。
それでも、時間だけは過ぎて行ってしまう。
「エリ、体調悪いのか?」
「え…どうして?」
「いや、前田さんにエリの具合はどうですか?って、今日会社で聞かれたからさ」
週末は一士の家に泊まるのが日課のようになっていたから今夜も彼の部屋に来ていたのだが、まさか沙希がそんなことを言っていたとは…。
きっと、エリがまだ一士に話していないことを知っていて、わざとそんなことを言ったに違いない。
「あのね、あの…」
何かを言おうとして言葉に詰まってしまったエリを心配に思った一士は、彼女の肩をそっと自分の方へ抱き寄せた。
「どうした?やっぱり、どこか悪いのか?」
「えっと…多分、悪いわけじゃないと思う」
「思うって?」
―――思うということは、悪くないのだろうか?
「あのね、あの…」
「エリ、どうしたんだ?らしくもない。はっきり言ってくれないと、俺だってわからないよ」
「えっと…もしも、もしも子供ができたとしたら、一士はどうする?」
「え?」
そういうことをしているのだから、できてもおかしくはない。
ただ、突然言われるとなんと答えれば…。
―――というか、できたのか?
「エリ、それって…できたのか?子供が」
「ヤダっ、そんな真面目な顔しないでよ。もしもって、言ったじゃない」
エリは笑って誤魔化したが、一士はそうは思わない。
「誤魔化さないで。どうなんだ?できたのか?」
一士に真っ直ぐ射抜くような目で見つめられて、エリは答えに迷ってしまう。
でも、ここで隠してもしょうがないのだから…。
「まだ、わからない。ただ、来ないの2ヶ月くらい」
「2ヶ月って…」
あの時のことだと、彼にもわかったようだ。
「病院へは?」
「その前に検査薬で調べようと思ってたんだけど、まだ…」
もしそうだったら…それをひとりで受け止めるには、きっと不安だったに違いない。
そう察した一士は、エリの肩をさっきよりも強く抱きしめた。
「大丈夫、俺が付いている」
「一士」
目を潤ませるエリの頬に手を添えると、一士は優しく微笑みながらこう言った。
「俺が、エリも子供も守るから」
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