素直になれなくて
STORY17


「エリには、相手が俺じゃ不本意かもしれないけど」
「そんなこと…」

―――そんなことは絶対にないって、言い切れる。
確かにこの歳でこうなるとは思っていなかったけど、その相手が一士なら私はきっと幸せだから。

「ない?俺と一生を共にしても、いいのか?」
「私こそ、いいの?一士には、もっと相応しい人がいるかもしれないのに」
「いいに決まってる」

はっきりと言い切る一士に、胸の奥がジンっと熱くなってくる。

「なら、私も」

自然と唇が重なる、お互いの想いを確かめ合うように何度も何度も。

「とにかく、早いうちに病院に行った方がいい。俺も付いて行くから」
「その前に一応、検査薬で調べてみる。一人じゃ怖くて、できなかったから」

今なら、例えできていたとしても何も心配することはない。
早速エリは、バックに忍ばせていた検査薬を持ってトイレに入った。

その間一人で待っていた一士は、これから先のことを考えて知らぬ間に笑みを浮かべていた。
30ともなれば、周りも既に結婚して子供がいる人も多い。
なかなか自分には縁がなくてそういう相手とも巡り合わず、だからといって焦っていたわけではないが、もしかして一人のままかも…と諦めモードに入ってしまうこともあった。
それが、異動と同時にエリに出会い、想いが通じた時も人知れず喜びを噛み締めていたなんて想像すらしないことだろう。
こんなにも愛しい存在に巡り会うなんて…。
結婚となれば、すぐにでもエリの両親に挨拶に行かなければならない。
そして、子供のことも。
順番が逆になってしまったことを何か言われたりしないだろうか?

そんなことを考えていると、どれくらい経ったのだろう?
なかなか出てこないエリに東郷は少し心配になって、ドアをノックした。


「エリ。何かあったのか?」

そう問い掛けても、何も返って来ない。
東郷がノブに手を掛けようとした時、ゆっくりとドアが開いた。

「どうしたんだ?できてたんだろう?」
「・・・・・」

俯いたまま、顔を横に振るエリ。
―――え?できてなかったのか?

「もしかして、できてなかった…」
「ごめんなさい…」
「いや、謝ることなんてない。取り敢えず、座って話そう」

東郷にとっては不意を付かれた形になったが、エリにとってみれば余計な心配を掛けてしまったということの方が今は大きかった。

「本当にできてなかったのか?」
「うん。はっきり陰性だった」
「そっか。こういう時は、なんて言ったらいいのかな。俺にしてみれば、非常に残念だったという思いだけど」

子供ができていないとわかれば、無理に結婚の話を進める必要もないわけだし…。

「ごめんなさい。迷惑掛けて」
「そんなことないよ。元はと言えば俺が悪いんだから、エリは気にすることないんだ。一人で悩んだんだろう?こっちこそ、ごめんな」

欲望に任せて行為を行っていること自体に問題があって、それは男としての責任が欠けていたということ。
こうなることがわかっていながら、いつだって苦しむのは女性の方なのだ。
一士は遊びでエリと付き合っているわけではないし、近い将来結ばれればいいなとは密かに思っていたが、彼女はどうかわからないのだし…。

「一士は私のことも、もしかして出来ていたかもしれない子供のことも、きちんと考えてくれたもの」

――― 一士は悪くない。
私が、怖がらずに調べていれば…。

「俺は、子供が出来たから結婚を考えたわけじゃないんだ。もうずっとっていうか、初めからそう思ってたんだ。だから、これを機にっていう言い方は変かもしれないけど、真剣に考えてくれないか?俺との結婚」
「え?」

―――これはもしかして、もしかしなくてもプロポーズ、よね?

「子供ができてなかったんだから、まだしたくないって思ってる?」
「そういうわけじゃ…」
「なら、考えて欲しい。俺は男だから、急ぐこともないんだけど。また、こんなことになってからでは遅いから」

一士が守ると言ったのは、責任を取るという意味も少なからず含まれているのではと思っていたが、彼はそうでなくてもエリとのことを考えてくれていたのだ。
それが、嬉しくないはずがない。
陰性という結果はすぐに出ていたのになかなか出て来れなかったのは、できていないことで一士とのことが白紙になってしまうかもしれないと思ったから。

「考える必要なんてない」
「それは…どういう」

―――考える必要がないってことは、俺と結婚する気がないってことじゃないだろうな…。
果たして、エリの口からはどんな答えが返ってくるのか…。

「東郷エリになるってこと」
「え…それって」

―――東郷ってことは…いいのか?
驚きの表情の一士に比べて、にっこりと微笑むエリ。

「でもそうなると、同じ職場ってわけにはいかないかな。あっ、一士は共働きは反対?」
「あっ、いや。エリが働きたいなら、俺は構わないけど」
「ほんと?」

嬉しそうに一士の首に腕を回すエリ。
―――これは、承諾を得たものと思っていいのだろうか?
半信半疑の一士だったが、「驚くなぁみんな、私が東郷課長と結婚するなんて知ったら」というエリの言葉を聞いてそれが確信に変わる。
一士にとって、待ちに待った春がやって来た瞬間だった。

+++

エリは念のため病院に行って検査をしたところ、仕事が忙しく不規則な生活が続いたことと疲労などからくるものだろうとの診断で、妊娠はともかくどこかが悪いということでなかったことにホッとした。

「デキてなかったの。でも、エリが結婚なんてね」

沙希にはもしかしてという話をしていたのでその結果結婚ということも想定はしていたが、実際そうなってみると多少は複雑な思いも含まれる。

「うん。自分でもびっくりだけど、彼もずっとそう思っていてくれたから」

―――彼…か。
初めの頃は、あんなに課長のこと色々言ってたのに。
変われば変わるものだわと、沙希は思う。
でもこうやって、素直になればいいのよ。

「結婚したら、辞めちゃうの?」
「ううん、辞めない。仕事もやっとおもしろくなってきたところだから、もう少し勤めようかなって。彼もいいって言うから」
「でも、職場は異動になっちゃうわね」

同じ部でずっと仲良くやってきた沙希には、エリが他の部署に異動したらやっぱり寂しい。

「事業所内だったら、いつでも会えるじゃない」
「そうね」

こんなふうに話していた二人だったが、エリの知らないところで思いもよらぬことが起こっていようとは…。


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