素直になれなくて
2nd STORY
STORY10
エリは一人、車窓からずっと付いてくる月を眺めながら、仕事の途中で帰って来てしまったことがやはり気になっていた。
―――磯崎さんは、いいって言ってたけど…。
本当に良かったのかしら?
彼に迷惑が掛かったりしないだろうか…。
自分だけが優遇されていて、甘えているような…。
結婚していなかったら、仕事を優先したとしても、もう少し無理がきいたかもしれない。
―――世の単身赴任のお父さんは、大変だわ。
つくづく、そう思う。
家族に会いたいから、なんて理由では仕事を残して家には帰れないものね。
かといって、仕事一筋で家庭を顧みなければ、崩壊しかねないわけだし。
難しいなぁ。
夫婦が離れて暮らすことの難しさを、改めて考えさせられたエリだった。
◇
家に着くと一士は先に帰宅していて、いつものようにエリを出迎えてくれた。
この瞬間が、一週間分の仕事の忙しさや一人の寂しさを忘れさせてくれて、何より幸せなひと時だった。
「どうしたの?これ」
食材だけは買っておいてくれるように一士に頼んでいたが、今夜は既に出来上がった料理が所狭しとテーブルの上に並んでいた。
「これか?俺が作ったんだ」
「えっ、一士が?」
―――うそ…。
っていうか、一士が作ったんじゃなかったら、誰が作ったの?ということになるが、それにしても結構どころか、かなり本格的なもの。
一体、いつの間に…。
「なんだよ、その疑わしい顔は。俺だって、やる時はやるんだからな」
「疑うわけじゃないけど。それにしても、どうやって、覚えたの?」
たった一週間で、どうやってここまで料理を覚えたのか。
「俺も独り身じゃないわけだし、体のことも考えなきゃいけないと思ってさ。ネットで、男にも簡単にできる料理っていうのを探してみたんだよ。結構あるもんだな」
過労で倒れたこともあったし、今はエリという最愛の伴侶を得た一士は、無理はできないのだということを痛切に感じていたのだった。
そこで、暇な時間にネットで検索してみたところ、レンジを使った簡単にできるものがたくさんあったから、試しに作ってみたというわけ。
意外に出来が良くて、自分の方が驚いているのだけれど。
「いい心掛けだわ。一士ったら、何を食べてるのかしら?って、ちょっと心配だったから」
「もう、安心だな。俺、案外素質があると思うんだ。それになんとなく病みつきになりそうだし」
会社ではバリバリ仕事をこなす、やり手課長なのに。
自分の体のことを気遣ってもあるが、多分エリのことも考えてのことに違いない。
仕事を終え、長い時間を掛けて帰って来て、それから食事の支度をしたのでは大変だという配慮なのだと。
「ありがとう」
「ん?どうしたんだ?急にありがとうなんて」
「ううん、何でもない。なんとなく、言ってみたかっただけ」
「変なやつだな」と笑う一士に感謝の気持ちを込めて、頬にキスを贈る。
不意打ちを食らわされた彼は驚きの顔の後に破顔したのは言うまでもないが、こんな素直な行動に出られるのも会えない時間があった上でのことなのかもしれない。
+++
「…ぁ…っん…っ…もっ…と…」
「もっと何?エリ、ちゃんと言ってくれないとわからないだろ?」
「…イ…ジ…ワ…ル…っ…あっ…ん…っ…」
一週間ぶりのえっちは、それはそれは情熱的なもので…。
しかし、一士はイジワルだ。
エリの感じるところを知っているクセに、ワザとその部分を外してくる。
「意地悪じゃないだろ。エリが言わないから」
「…だっ…てぇ…っん…ぁ…っ…」
秘部の内壁を指で掻き回されて何度もイきそうになったが、肝心なポイントをワザと外すのである。
「…やぁ…んっ…イ…ジ…ワ…ル…し…な…い…でぇ…っ」
「どうして欲しいの?」
「…入…れ…て…一士…が…欲…し…い…の…」
「わかったよ。ちょっとだけ、待ってて」
こんな意地悪なことを言っておきながら、実はもう一士の方が限界だった。
急いで自身に準備を施し、一気にエリの中を貫く。
「…あぁぁぁ…っ…んっ…っ…一…士…」
「エリっ…っ…」
指をしっかりと絡めるようにして握り、お互いの体を密着させて、一士はエリの最奥まで自身を突き入れる。
壊してしまうのではないかと思うくらい、でも途中で止めることなどできなかった。
「…んっ…あぁぁぁ…っ…」
「愛してるっ、エリ」
「私も…愛…し…て…る…っ…あぁぁぁぁぁ…っ…」
段々と律動が激しくなって、エリは背中を大きく仰け反らせ、そのままグッタリと倒れこんだ。
そのすぐ後に一士も動きを止めると、荒い息だけが静かな部屋に響いていた。
◇
エリは一士の左手を自分の顔近くまで持ってくると、薬指をそっと握る。
「指が、どうかした?」
「うん。お揃いのリングが、欲しいなぁって」
「リング?」
式を挙げていないという理由から、リングをまだ買っていなかった。
特にエリが欲しいと言い出さなかったこともあるが、急にどうしたのだろう?
「あのね。磯崎さんが、左手の薬指にリングをしてて」
「磯崎さんって、例の上司?」
「そう。でもね、結婚してるわけでも彼女がいるわけでもないんですって」
「ん?じゃあ、何でリングをしてるんだ?」
男の一士には、その理由がさっぱりわからない。
「それがね。彼女がいるのか?って、いちいち聞かれるのが面倒だから。ダミーリングだったの。なんか、女の人はコリゴリだって言ってた」
「ダミーリング?ふううん、なるほど」
だけど、女がコリゴリって…。
よっぽど、ひどい目に遭ったんだな。
「ほら。一士も知らない人が見たら、結婚してないって思うかもしれないじゃない?磯崎さん言ってたの。効果大だって」
「それいいかもな。俺も心配だから、エリが狙われてるんじゃないか」
一士はエリが磯崎に狙われてるんじゃないかという心配がなかったわけではないが、今の話を聞いてホッとしたりもして。
ただ、彼が大丈夫だったとしても他の男が狙うかもしれないし、いい機会かもしれない。
「私は、大丈夫よ」
「わからないだろ?じゃあ、明日買いに行こうか」
「うん」
エリはもう一度一士の手を顔の前に持ってくると、薬指にそっとくちづけた。
+++
週が明けて月曜日、また一週間が始まるがいつもと違って嬉しそうなエリに麻菜美はすぐに気付いた。
「エリさん、おはよう。それ」
「わかった?」
「だって、エリさん。さっきから、視線がそこに行きっぱなしだもん」
自然と左手の薬指に視線が行ってしまう。
ぴったりとはまっている、一士と買いに行ったお揃いのホワイトゴールドのリング。
たかがリングと思っていたけど、これを身に着けているだけで一士が側にいてくれるような気がするから不思議だった。
「でも、いいなぁ。私も早くその指にしたぁ〜い」
羨ましそうにエリの手を取って見ている麻菜美とは違って、そんな二人を複雑な思いで見ていた磯崎だった。
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