素直になれなくて
2nd STORY
STORY13
「課長、磯崎さんはっ」
電話をもらって急いで病院にすっ飛んで来たエリは、真っ先に渡部課長のところへ駆け寄った。
既にグループのメンバーは全員、集まっていたようだ。
「あぁ、東郷さん。わざわざ来てもらって、申し訳ないね」
「いえ、それより磯崎さんは…」
「命に別状はないから、安心して。状況としては、磯崎の車が黄信号から赤信号に変わって止まったところに後続車がゴツンと追突。そんなにスピードも出ていなかったから、大事には至らなかったんだけどね。弾みで磯崎の車が前に飛び出した時、青信号で右側から出て来た車とぶつかってちょっと腕を」
「腕をどうかしたんですか?」
―――命に別状はないって、腕をどうかしたの?
「骨にヒビが入ってね」
「それも利き腕をね」と話を続けたのは、安久津だった。
詳しく話を聞くとエリを送って自宅へ帰る途中、磯崎の車が黄信号から赤信号に変わるところで止まったのだが、止まり損ねた後続車が追突した。
脇見をしていて赤信号に気付くのが遅れたのが原因で、幸いスピードがそれ程出ていなかったことで大事には至らなかったのだが、磯崎の車は追突された弾みで前に飛び出してしまい、青信号で走り出した車がすぐにブレーキを踏んだけれど、止まりきれずに右側からぶつかったということらしい。
でも、一歩間違えれば大惨事になるところだった。
―――磯崎さんにもしものことがあったら、私を送ったりしなかったら、こんなことにはならなかったかもしれないのに…。
エリを送らずに真っ直ぐ家に帰っていたら、こんな事故に遭わなかったかもしれない…。
「東郷さん。君が悪いわけじゃないんだから、気にすることないんだよ」
「でも…私のせいで…」
気にするなという方が無理。
人前で涙など見せたことがなかったのに…今だけはどうしても止めることができなかった。
「泣かないで、磯崎は大丈夫だから。東郷さんのせいなんかじゃないよ」
課長が優しく声を掛けてくれたが、エリの耳には到底聞き入れられるはずもなく…。
「そうだよ。課長の言う通り、あんたは悪くない。だいたいなぁ、俺なんかのために泣くな」
「えっ…磯崎さ…ん…」
エリが振り返ると、「ったく、もう。みんなで雁首揃えて、何なんだよ。俺は元気なんだからな」と笑っているのは磯崎だった
しかし、口では強がったことを言っているが、その姿はなんとも痛々しい…。
「おい、大丈夫なのか?磯崎」
「だから、大丈夫だって言ってるじゃないですか。大げさなんだから」
みんなが磯崎を取り囲むようにして、その存在を確かめる。
取り敢えず元気な姿を見たら安心したのか、余計に涙が出てくるのはなぜなのか…。
「ほら、みんなもう帰りましょう。明日も仕事なんだから」
「ほらほら」とみんなの背中を磯崎は怪我をしていない方の左手でグイッと押す。
そして、ポケットからハンカチを取り出すとエリの前に差し出した。
「もう、泣くなよ。あんたのせいじゃないって、言ったろ?運が悪かったんだよ。そう言えばさ、朝のテレビの占いもよくなかったしな」
エリはありがたくハンカチを受け取ると涙を拭く。
だけど、磯崎さんって占いとか信じるように見えないのに…。
「磯崎さん…占いなんて、信じるんですか?」
「あぁ?信じちゃいけないのかよ」
「そういうわけじゃないんですけど、なんだかイメージじゃないです」
「いいんだよ。そういうことにしろよ」
ニッコリ微笑む磯崎の優しさを感じて、泣いちゃいけないと思っても次から次からこみ上げてくる。
「帰ろうぜ。俺さ、丈夫にできてるはずなんだけど、やっぱり痛いんだよな。早く寝たい」
「あっ、ごめんなさい。磯崎さんは怪我してるのに」
―――そうだった。
磯崎さんは怪我してるのに、こんなところで私を構ってる暇なんてなかったんだわ。
早く家に帰って、ゆっくり休んでもらわないと。
「っつうことだから、気にするな。また、あんたの顔が見られて良かった。それだけだ」
エリも磯崎に左手で背中を押されて、帰路につくことにする。
彼の言ったことと同じように元気な顔が見られて本当に良かったと思った。
+++
次の日会社に出社すると磯崎の姿はなく、課長の話だと少し熱が出たらしく休ませたとのこと。
そうでなくても、休むようには言っていたそうなのだが、本人には無理をしてでも来るつもりで全くその気はなかったようだ。
「磯崎さん、大丈夫なの?」
事故の話はすぐに社内で報告され、麻菜美の耳にも入った。
今後は、各部署で再発防止の検討会などが行われるのだろう。
「大丈夫といえば大丈夫なんだけど、利き腕だから一人暮らしだし何かと大変だと思う。少し熱も出てるっていうのが、ちょっと心配なんだけど」
「リングもなくなったってことは、やっぱり彼女にもフラれちゃったわけだし。傷心のところにこんな事故に遭うなんて…。かわいそう、磯崎さん」
―――だから、フラれてないんだって。
と口から出そうになったが、本当のことを言うわけにもいかず。
とんだ災難のように思われているのは、なんだか気の毒なような…。
「だったら、私達で何かお手伝いをしに行ってあげた方がいいんじゃない?」
「手伝い?」
利き腕が使えなくて彼女もいない磯崎が心配だとはエリも思っていたが、手伝いに行こうという発想は浮かばない。
「うん。お見舞いも兼ねて、帰りに行ってみない?」
「そうね。何か買っていってあげようか」
きっと食べるものもないかもしれないし、様子を見に行ってみよう。
それに麻菜美と一緒なら、構わないだろうし。
このことは、念のために一士にもそのことを言っておかないと。
昨日、事故の話は電話でしていたけれど、彼の家にまで行くとなれば、内緒にしていて後で何を言われるかわからない。
案外、一士って嫉妬深いから。
磯崎が休んでいることで仕事に少なからず支障が出ることは確かだし、定時ですぐに帰るのは難しいかもしれないが、一度会社を抜けてでも行こう。
空いている彼の机を見つめながら、エリはそんなふうに思うのだった。
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