素直になれなくて
2nd STORY
STORY14
定時で帰るという麻菜美と一緒にエリは一旦会社を出て、磯崎の家に向かう。
一応、渡部課長に様子を見に彼の家に行くと報告し、場所を聞いたが、本当は聞かなくても一晩泊めてもらったから知っているとは絶対言えない…。
「磯崎さん、大丈夫かな?」
「昨日会った時は元気そうだったけど、やっぱり体が痛いって」
「そう…運が悪かったのね。でも、自宅とは違う場所を走ってたって聞いたけど、どこかに寄ったりしたのかしらね?真っ直ぐ帰ってたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
「え…うっ、うん。そうかも…」
―――そうよね。
私を家まで送ったりしたから、こんなことになっちゃったのよね…。
『あんたは悪くない』
そう彼に言われたものの…今となっては、やっぱり悔やまれる。
「どうかした?」
エリの歯切れの悪い返事に麻菜美が何か気付いたようで、聞き返す。
「実はね…昨日は一緒に残業してて、私を家まで送ってくれた帰りだったの。磯崎さんが事故の遭ったのは」
「え?そうだったの…」
課長もエリのことを気遣ってか、みんなにこのことは話していなかった。
聞けばいらぬことをいう人もいるだろうし、別にここまで知らせる必要もないとの判断だったが、これは磯崎の意向でもあったから。
「私、申し訳なくて…一人で帰っていれば、少なくともあんな事故には遭わなかったはずだから」
「ごめんね。何も知らないで、あんなこと言っちゃって」
「ううん、いいの。あの状況を聞けば、誰だってそう思うもん」
麻菜美でなくても、そう考えるのが普通だと思う。
後悔しても遅いけど、仕方なかったでは済まされないのだから。
「ほんと、ごめんね。エリさんが悪いわけじゃないのに…。“たら”とか“れば”なんて、後になって言ってもしょうがないのにね。あんなことを言っておいて、今更なんだけど」
「麻菜美ちゃんが、謝ることなんてないの。運もあったかもしれないけど、私のせいっていうのはゼロではないと思う。だから、できるだけのことはしてあげようって。旦那にも、そうするように言われたし」
一士に電話で状況を話したら、快く受け入れてくれた。
というか、エリが言ったことを曲げない性格だと一士は知っていたからで…。
もちろん、麻菜美同伴ならというのが条件で、一人で行くことは固く止められたけど…。
「うん、私も手伝う」
「ありがと」
そんな話をしながら、みんなからもらったカンパで途中、雑誌とかお惣菜なんかを買って、二人は磯崎の家に向かう。
「へぇ、磯崎さんって、ここに住んでるんだぁ」
麻菜美にとって磯崎はミステリアスな人に見えていたようで、どんな生活をしているのか全く想像ができなかった。
家に来るなどということは一度もないはずだったし、妙にドキドキワクワクしていたのだ。
「そうねぇ、ここが磯崎さんの家」
口調を合わせるエリ。
―――ほんとは知ってるんだけど、ここは知らないフリっと…。
ブザーを押すと「はい、どちら様ですか?」と不機嫌そうな磯崎の声が聞こえる。
驚かせようと思って、二人が来ることは彼に知らせていなかった。
「こんにちは、東郷です」「佐伯で〜す」
「あ?ちょっと待てよ。何で二人が―――」
まさか、エリと麻菜美が来るとは思っていなかったのだろう。
磯崎の驚く様が、声だけでも伝わってくる。
「怪我は、大丈夫ですか?お見舞いに来たんですけど」
「見舞い?そんなこと…わざわざ、よかったのに」
ちょっと迷惑だったかも…。
エリは思ったが、そんな雰囲気を吹き飛ばすように麻菜美は強気に出る。
ここまで来たら、中に入って彼の私生活をチェックしなければ…とは、麻菜美の心の声である。
「せっかく来たのに、中へは入れてもらえないんですか?」
「あっ、いや。汚いけど、どうぞ」
『やった』という表情で、麻菜美はニッコリ微笑む。
お見舞いに来たはずだったのに…。
なんだか違う方向へいっているのは、エリの気のせいだろうか…。
ドアが開き、磯崎が出て来たが、だいぶ元気そうではあるものの、熱があるといっていたからか顔が少し赤いようにも思える。
「すみません、勝手に来てしまって」
「うわぁ、磯崎さんのお部屋って、インテリア雑誌に出てくるお部屋みた〜い。素敵っ!」と、はしゃいでいる麻菜美を他所にエリは彼にひと言謝っておく。
「しっかし、驚いたな。まさか、あんたらが来るとは思わなかった」
「やっぱり、気になって…」
「ったく、気にするなって言っただろうが」
「熱はどうなんですか?」
「もう、下がったから明日は会社に行くよ。それより、いいのか?こんなところで時間をつぶしてる暇なんてないだろ?」
「磯崎さんの元気な顔を見たら、また会社に戻って仕事します」
「そっか、悪いなみんなに迷惑掛けて」
「いいえ。それより、これみんなからの差し入れです」
事前に希望を聞いていなかったから、欲しいものではないかもとひと言断ってから袋を渡す。
「ありがとう、悪いな」
「何か困ったこととか、ないですか?」
「特には。まぁ、右手がこんなだから、ちょっと不便だけど慣れればどうってことないだろ」
右腕は固定されていて痛々しさを物語っているが、それより利き手でない左での動作は不自由に違いない。
こればかりは、エリにもどうしてあげることもできないわけで…。
「食事はどうしてるんですか?」
「あ?元々、自分で作るってことはしてなかったからな。適当にコンビニで、歩いて行ける距離だからな」
「そうですか」
「ほら、お前らもういいぞ?あんたは、仕事があるだろ。それに佐伯さんは、こんな男の家にいたら彼氏が誤解するだろ?」
「平気ですよ。私には、彼氏なんていませんから」
麻菜美には彼氏はいないが、憧れの人はいる。
叶わぬ恋ではあるが、まだ若い彼女にはそれでもいいのだろう。
「ほー佐伯さんは、彼氏募集中か?」
「でも、憧れの人はいますからね」
「なんだか、意味深だなぁ」
3人の笑い声が部屋に響き、こんな話は会社でもあまりしたことがなかったから、なんだかとても楽しい。
―――そうだ。
明日から磯崎さんには、お昼にお弁当を作って持って来てあげよう。
毎日、食堂に行っていた彼には両腕が使えないと大変だろうし、体のことも心配だ。
今のエリにできることは、これしかないのだから。
密かに頷くエリに次の日、磯崎は嬉しさのあまり椅子から転げ落ちるとは…。
目の前で笑っている彼は、知る由もない。
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