素直になれなくて
2nd STORY
STORY3
部長が紹介の後、エリは部内の人達の前で挨拶を済ませると、グループのメンバーが全員集まってのミーティング。
いよいよ、新プロジェクトが動き出す!?のだろうか…。
「このグループにも紅一点、神奈川事業所から遥々来てもらった東郷さんも加わって、やっとプロジェクトらしくなってきたかな。 東郷さんには磯崎君と共に頑張ってもらうので、みんなもよろしく」
渡部課長の言葉に頷いたのは、5人の男性。
30くらいの人を筆頭に、新人君らしき人までの非常に若いグループだ。
「ここでは名前だけ紹介することにして、詳しい話は歓迎会の席に取っておこう。えっと、初めに一応このグループの纏めをやってます渡部です。そして、隣から中田君、星川君、安久津君、志賀君、磯崎君」
「東郷です。よろしくお願いします」
「よろしく―――」
「あっ、みんなには先に言っとくけど、東郷さんはつい先日結婚したばかりなのでね。狙ってた人は、残念でした。といっても、今は事情があって旦那さんとは離れて暮らしているから手を出さないように」
「えっ、そうなんですか?」
真っ先に反応したのは、安久津だった。
彼は年齢的にはエリと同じくらいに見えるのだが、どうなんだろう?
爽やかな感じは、非常に好感が持てる。
「なんだ、安久津は早速東郷さんを狙ってたのか?」
「いえ、そういうわけでは。だって、まだ若そうだし」
「安久津は、何歳だったっけ?」
「25です」
―――安久津さんと同い年?
ということは、もしかして同期なの?
この会社には何百人という新人が入社し、すぐに配属先での教育が始まるため、同期でも顔を合わせない人はたくさんいた。
後で聞いてみよう。
「東郷さんと同い年か。まぁ、お前も早く彼女を見つけるんだな。そうそう、水曜日辺りで歓迎会をしよう。磯崎、幹事頼むぞ」
「はぁ?何で、俺が」
「何でって、ことはないだろう。これから一緒に仕事をしていくんだから、それくらい当たり前だ」
「あーわかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」
二人のやり取りに周りのみんなは、笑いを堪えていた。
磯崎は何かにつけて反発するのだが、最後には渡部課長に言いくるめられてしまう。
だったら、初めから言うことを聞けばいいのに…。
そこが彼らしいところなのかもしれないが、普段からこうなのであろう二人の関係がなんとなくわかるような気がした。
「前置きはこれくらいにして、早速業務の話に入る」
さっきまでの和やかな雰囲気は一変して、皆真剣な表情に変わる。
エリも手帳を広げると気を引き締めて、課長の話を書き込んだ。
+++
「東郷さん、お昼はどうされますか?」
午前中はミーティングで終わってしまい、既に時刻はお昼を少し過ぎていた。
昨日は食堂で使えるカードができていないということもあって、食券を買うのも面倒と適当に売店で買って来て済ませたが、気を利かせたのか声を掛けてきたのは庶務担当の佐伯 麻菜美だった。
彼女は見るからに若いという感じで、とても可愛らしい。
「まだカードができてないから食券買うのも面倒だし、適当に買って来て食べようかなと思ってたんだけど」
「だったら、一緒にどうですか?私のカードで払っておきますので、後でお金を下さればいいですし。ご迷惑でなければの話なんですが」
麻菜美は短大を出て入社2年目だったが、その年の同期には同じ部に配属された女性はなく、かといって部内の女性達とは年齢差がかなりあって、なんとなく中に入っていける雰囲気ではなかったのだ。
今までは同期の子がいる部の人達に混じって食べていたが、知らない人がたくさん居て正直面倒だった。
「いいの?」
「はい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
前の職場には沙希という同期の親友がいたが、ここには知っている人は誰一人いない。
エリは別に一人で居てもいい性格なのでなんとも思わなかったが、麻菜美に声を掛けてもらったのはやっぱり嬉しいかもしれない。
食堂には既に長い列ができていたが、二人は麺コーナーの列に並んだ。
「東郷さんは、ご結婚なさってるんですよね」
「うん。っていうか、敬語はナシ。歳、そんなに変わらないでしょ?」
「でも…はい。じゃなくって、うん!?」
麻菜美は真面目なのか、それよりも周りに年上の人しかいなかったからなのだろう。
友達と話すのとは勝手が違うのか、言いにくそうだ。
「みんな聞くんだけど、結婚してるの珍しいのかな」
さっきは安久津が若いからというようなことを言っていたが、今時25で結婚するのは早いのだろうか?
それとも、エリは結婚しない人のように見えたのか…。
「東郷さんの場合は、単身で異動してきてるから。それが、意外なんでしょう」
「そっか、確かにね」
エリの場合は異動が決まったことで入籍したのだが、周りから見ると結婚しておきながらなぜわざわざ単身でと思うのが普通なのかもしれない。
自分達の番が来るとラーメンのどんぶりをトレーに載せ、空いている席に並んで座る。
見た目は結構、美味しそう。
「旦那様と離れて、寂しくない?」
「そりゃ、寂しいわよ。だって、私の旦那さん、上司だったから毎日顔を見合わせてたんだもん。それが、これだけ離れちゃうとね」
「いいなぁ、職場恋愛」
「何?佐伯さんは…これもなんか、堅苦しいから麻菜美ちゃんって名前で呼んでいい?私のこともエリって呼んでいいから」
「うん」
「で、麻菜美ちゃんは職場恋愛派なわけ?」
一士の席はすぐ目の前にあったから、気が付けばジーっと見られていたりして、あんまりいいものじゃなかった気がするけど…。
「憧れ、特に歳の離れた人が。えっと、エリさんは旦那様とは何歳離れてるの?」
「5歳。うちの旦那さん、30なのね。自分のことオジサンって、いっつも言ってる」
―――へぇ、麻菜美ちゃんは年上好みなのかぁ。
私はあんまりそういうことを考えたことはなかったけど、同年代よりはお金持ちだし包容力もあるわよね。
「益々、いい感じ。全然オジサンじゃないし、やっぱり男の人は30からでなくっちゃ」
「あはは、麻菜美ちゃんっておもしろい」
「おもしろいっていうか、変わってるって言われるかも。同年代の男の子とか全然興味ないし、好きになる人は担任の先生だったりして」
「じゃあ、今は?社内にいないの?そういう人」
「好きっていうか、憧れの人はいるかな」
「えっ、誰々?」
ラーメンもそこそこ美味しいのだけど、麻菜美の話がおもしろ過ぎて、エリは食べるどころではなくなってしまう。
―――でも、麻菜美ちゃんの憧れの人って誰なの?
「エリさんのグループの―――」
「うちの?」
―――えっ、誰々?
30過ぎの人っていうと中田さんか、まさか渡部課長とか?!
「渡部課長」
「えっー、そうなの?」
「内緒ね」って、課長は30代後半で多分妻子はいるはず。
麻菜美も憧れと言っていたから、本気ではないのだろうけど…。
「課長には奥さんもお子さんもいるから、好きになるっていうよりは憧れで、ああいう感じの人が彼氏になってくれたらいいなって」
「あぁ、そうね。課長おもしろいし、優しそうだし」
「そう言うエリさんの旦那様は、どういう人なの?」
「うち?」
――― 一士は仕事に関して厳しいけど、優しいし、何よりカッコいいもの。
あら、私ったら一人でノロけてどうするのよ。
エリはポケットに入れていた携帯を取り出すと、こっそり一士を隠し撮りした画像を麻菜美に見せる。
これは仕事中に電話に出ている一士を撮ったもので、エリの大のお気に入りだった。
「やぁ、カッコいい。エリさんの旦那様」
食堂で大騒ぎの二人を周りの社員たちは、不思議そうに眺めていたのでした。
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