素直になれなくて
2nd STORY
STORY5


今日は、待ちに待った金曜日。
一士のいる自宅に帰ることができると思うと嬉しくて、ついエリの顔はニヤケてしまう。
とはいっても、週の途中でこっちへ来たから、まだ一週間過ごしたわけではない。
なのに、一人はやっぱり長かった。
会社にいる時は仕事に集中しているからそうでもなかったけれど、家に帰って一人になるとどうしても愛しい旦那様のことを思い出してしまう。
毎日電話で声を聞いても、側で直に声を聴きたいし、触れたい。

「エリさん、なんだか嬉しそう。あっ、今日は自宅に帰るからでしょ」

―――バレタ?
でも、私ってそんなに顔に出やすい人間だったかしら?
嫌そうっていうのは、すぐ顔に出るらしいけど…。

「うん」
「新婚さんだもんね。いいなぁ、素敵な旦那様だし」

まだ若い麻菜美にはそれほど結婚願望はなかったが、エリの話を聞いているとなんとなく羨ましくなってくる。

「でも、どうだったのかなって、ちょっと思ったりもするのよね」
「え?」

意味深なエリの言葉だったが、結婚したことに何か後悔するようなことでもあるのだろうか?

「私達、離れ離れでしょ?異動を受ける代わりに結婚してって言ったのは私の方で…これで、彼は本当に良かったのかなって」

一士はエリの将来のことを考えて後押ししてくれたし、結婚という確信が欲しかったエリの気持ちも受け入れてくれた。
自分ばかり、彼に甘え過ぎていたのではないのだろうか…。

「そっかぁ。私だったら離れ離れは嫌だけど、一緒に居過ぎてお互いの嫌なところばかり見えてくることもあるだろうし、逆に離れたことによってお互いのいいところが見えてくるかもしれない。どっちがいい、悪いって一概には言えないかも。難しいなぁ」

結局のところ、どれが良かったのかなんて誰にもわからない。

「とにかく、週末をうんっと、楽しむこと。そうしたら、また一週間頑張ろうって思えるんじゃない?」
「そうね。考え方次第ってことかぁ」

無理をしないで、この状況を楽しんでみる。
嫌々来ているわけじゃないのだから、いい方に考えてみれば一般的な夫婦よりも充実した結婚生活を送れるのかもしれない。
―――夕食は、何にしようかな?
彼の体を心配して一週間分のおかずを冷凍保存してきたけれど、一番好きなものを作ってあげよう。
エリの心は、既に夜へと飛んでいたのである。

+++

「課長、もうお帰りですか?」

一方、一士の方も今夜はエリが帰って来ると思ったら、あまり仕事に身が入らなかった。
これは、みんなには内緒だが…。

「あぁ、ちょっと用があるんでね」
「わかりました。奥さんが、帰って来るんですね?」

ついこの間までエリは同じ職場にいたのだから週末帰って来ることはみんな知っているけれど、恥ずかしいからいちいち言わなくてもいい。

「そうだよ。杵、あんまり周りの人に言うなよ?からかわれるから」
「はい、わかってますよ」

―――本当にわかっているのか?
ニヤニヤしているところが、妙に疑わしいが…。
とは思っても、そんなことより、早く家に帰って可愛い奥さんを出迎えてあげたい。
部長に捕まる前に早々に退散しなければ…。
一士は、急いで机の上を片付けると足早にフロアを後にした。

エリが定時で会社を出ても、なにせ特急電車で何時間もかかる距離。
昼休みにメールで送られて来た食材をスーパーで買ってから、一士は家に向かう。
一人暮らしをしていた時は、もっぱら食事は社食かコンビにばかりで自炊を一切していなかった。
だから、こんなふうにスーパーで買い物をするのは初めてで、慣れないせいかどれを選んでいいのかわからない。
傍から見れば、寂しい独身男に思われているんじゃないだろうか…。
などと、どうでもいいことを考えたりして。
それでも、もうすぐエリに会えるのだと思えば、どうってこともない。
たった数日間顔を見なかっただけなのに今までが近くに居過ぎたのかもしれないが、こんなにも待ち遠しいとは…。

逸る気持ちを抑えながら、ビニール袋を片手にマンションへ帰る足取りはとても軽やかだった。



―――どこでもドアがあったら…そうすれば、すぐに一士に会えるのに。
自然と足が速くなって、気が付けばエリは駅からマンションまで走っていた。
子供みたい―――。
ふっと笑みを浮かべつつ、この新鮮な気持ちがいいのかも。
玄関のドアの前に立つと呼吸を整えてから、ブザーを押した。

ガチャっと鍵を開ける音、そしてドアが開いて―――。

「お帰り」

ニッコリと微笑む一士。
この声をどれだけ聞きたかったのか…。

「ただい―――」

最後は言葉にならなくて…エリは一士の胸に飛び込むと、なぜか嬉しいはずなのに涙が溢れて頬を伝う。

「どうしたんだ?泣いたりして」

突然泣き出したエリを一士は優しく抱きしめて、頬を伝う涙を指で拭う。

「会いたかった」
「俺も」

お互いの存在を確かめるように唇を重ねる。
何度も何度も、角度を変えて…。
エリはまだ靴も脱いでいなかったけれど、いつまでも止めることはできなかった。
本当はその場に押し倒してしまいたいくらいだったが、さすがにこの場所ではちょっと…。

「ごめん、疲れてるだろう?それにお腹も空いてるのに」
「すぐ食事、作るわね」
「俺も手伝うよ」
「うん」

体を密着させたままリビングに入ったが、なかなか離れられなくて…。

「ちょっ、やっ」
「やっぱり、我慢できない」

一士はエリを抱き上げて、そのまま寝室に入って行く。
結婚してすぐに買い換えたダブルベットの上にエリを横たえた。

「俺と食事と、どっちが先?」
「食事って言っても、ダメなくせに」
「わかってるじゃないか」

クスクスと笑うエリの額、頬、鼻とくちづけを落とすと最後に唇を塞ぐ。
それが合図のように二人の甘い夜が始まった。


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