素直になれなくて
2nd STORY
STORY6


ジリジリジリジリッ―――
  ジリジリジリジリッ―――

「・・・・・・・・んぅっ・・・うわっぁ!っ・・・」

あまりに大きな音にびっくりして、エリは飛び起きた。
週末の一士との楽しいひと時も、あっという間に終わってしまい…。

「あ〜うるさいっ!うるさいったらっ!」

今までの目覚まし時計ではてっぺんに付いているボタンを押してしまうと二度寝するからと、週末自宅へ帰った時、背後にスイッチが付いているものに即買い換えた。
それも電子音じゃなくて、鐘を叩くようなやつ。
しかし、うるさいの何のったら…。
まぁ、そのおかげでなんとか挽回して初日と同じ時間に行けそうだ。
まだ半分寝ている体を引きずるようにしてベットから抜け出ると、洗面所で顔をバシャバシャと水で洗う。
―――それもこれもみんな、磯崎さんのせい…。
とは言っても、決して悪いことではなくてその逆なのだから、彼を責めるわけにもいかないわけで…。
目覚ましを買い換えてまで早起きしようというエリに、一士が驚くのも無理はない。

『寝坊助のエリがねぇ―――。磯崎さんに感謝しないとな』

―――な〜んて、一士ったら失礼しちゃうわね。

余計なことを考えている場合ではなく、急いで着替えてバッチリ化粧を済ませると朝食もそこそこに家を出た。



「エリさん。おはよう」
「おはよう。麻菜美ちゃん」

麻菜美は庶務担当だけあって、朝が早い。
今は部長や課長にお茶を入れたりなどということはしないけれど、一応机の上くらいは拭いたりするらしい。

「エリさんの歓迎会、あさっての18時からよね」
「歓迎会?」
「エリさ〜ん。先週末、磯崎さんからメールが来てたでしょ?もうっ、自分のことなんだから忘れないでよ。旦那さんに会いたくて、それどころじゃなかったのかぁ」
「そう言えば、そんなメール来てたかしら?」

―――自分の歓迎なんて、なんだか恥ずかしいっていうか、どうでもいいのにねぇ。
っていうか、言っておくけど、別に一士に会いたかったからって、メールが来てたのも忘れたとか、そんなことはないわよ。

「私はグループが違うんだけど、渡部課長が誘ってくれたの。ちょっと嬉しかったな」

―――なるほど、麻菜美ちゃんは課長のことが憧れなんだもんね。
まぁ、うちのグループは男性ばかりだから、麻菜美ちゃんが来てくれるのはありがたい。
久し振りに飲んじゃおうかしら?
会社とアパートの往復だけでつまらない毎日だったから、ちょっとだけそれが楽しみだった。

+++

その週の水曜日、エリの歓迎会をするためにグループのみんなは全員定時で会社を後にした。
毎週この日は残業ゼロということになっているので、いつもより帰りやすかったかもしれない。
場所は磯崎が予約した料理屋さんで、面倒くさそうに引き受けていいたわりになかなかセンスもいいと思う。
それに幹事も板についていて、手際よくビールやお酒が飲めない人のためのウーロン茶などを店の人に頼んでいた。

「それでは堅苦しい前置きは抜きにして、紅一点うちのグループに来てくれた優秀な人材である東郷さんの歓迎会を始めたいと思います。―――乾杯!」

渡部課長の乾杯の合図でみんなが口々に「乾杯」と、ビールのグラスをカチンと合わせた。
―――やっぱり、ビールは美味しいわねぇ。

「東郷さんは、お酒はイケル方なのかな?」

グイっと飲み干したエリのグラスに、渡部課長がビールを注ぐ。

「すみません、ありがとうございます。そうですね、一応“はい”ということで」

あっ…つい、渡部課長に聞かれて『はい』なんて言ってしまったが…。
ふと、一士の言葉が頭に浮かぶ。

『あっ、そうそう。エリ、飲みに誘われても飲めないって言っとけよ』

―――だけど、ここで嘘をついたってどうせバレるんだから。
それに、結婚している私を誰もお持ち帰りなんてしないわよ。

「そうなんだ。ここにいる星川君以外は、かなり飲むからね」

星川は体に合わないらしく、乾杯程度しかお酒を口にしないが、それ以外のみんなは相当量飲むらしい。

「そうなんですか」
「あぁ、3次会4次会は当たり前だから。覚悟しておいた方がいいかな」

―――えっ…。
3次会4次会?
いくらなんでもそんなに飲んだら、明日の朝なんて会社に行けないわよ。
ただでさえ、起きられないっていうのに…。

「ほら、東郷さん。飲んで飲んで」
「はっ、はい」

ぼんやりしている間もなく、グラスを空けては注がれ、エリはすっかり心地いい世界へと導かれていた。



―――あれ、麻菜美ちゃんは?
既に1次会は終わって、ここは2次会の場所、渡部課長行きつけのお店らしい。
エリは同い年の安久津と新人の志賀とで盛り上がっていて、一緒にいたはずの麻菜美がいつの間にかいなくなっていることに気付かなかった。
見れば、課長の隣には麻菜美が座って何やら楽しそうに会話している。
課長だって、若くて可愛い麻菜美に話し掛けられて嬉しくないはずがない。
というよりも意外なのは、彼女は結構お酒が強い。

「お前、大丈夫なのか?」

なぜか、エリの隣には磯崎が座っていた。
―――大丈夫って、何が?
私はまだ、全然酔ってなんかいないのに。

「大丈夫ですよ。こう見えても、私お酒は強いんです」
「とか言いながら、歯止めが利かなくて記憶をなくしているってタイプだろ」

―――ゲッ、どうしてそれを…。
低血圧を見抜いたり、この人って何でもお見通しなの?

「図星だな」
「そんなことは…」
「しかし、旦那もよくあんた一人をこんなところに行かせたよな。今頃、心配でたまらないんじゃないのか?男にお持ち帰りされないか」
「え…」

―――ヤダ、ここまで見抜かれてるなんて…。
磯崎さんって、実は超能力者なんじゃないの?

「あんた、わかりやすいな。全部、顔に出てるぞ」
「悪かったですねぇ。どうせ、こんな顔なんですぅ」

―――もうっ、いちいちうるさいの。
私は、そんなダメ女じゃないんですっ。

酔いも手伝ってかなり強気になっていたエリは、絶対にお持ち帰りされるようなことはないのだということを見せるために磯崎の忠告も聞かずに飲んでしまい…。
目を覚ました時の光景に呆然とするのだった。


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