素直になれなくて
2nd STORY
STORY7
―――あぁ…気分悪…。
また、飲み過ぎちゃった…。
一士に『飲みに誘われても飲めないって言っとけよ』と言われていたにも係わらず、周りの酒豪達に負けてしまったエリは、またもや飲み過ぎてしまった。
それも、途中から記憶がないし…。
―――ところで、今何時かしら?
いつもあるところに、買ったばかりの目覚し時計がない。
―――アレ?
おかしいわねぇ。
酔った勢いで、どっかにやっちゃった?
ゆっくりと上半身を起こすと、そこは自分の部屋とは全く違う。
―――え?うそ…。
どこなのよ、ここ…。
もしかして、麻菜美ちゃんの家とか?
でも、女の子っぽくないわよねぇ。
ベットカバーもグレーだし、家具はダークな茶系で統一されている。
おしゃれな部屋なんだけど。
じゃあ、誰の家なのよ…。
まぁ、例え男性の部屋だったとしても服はちゃんと着ていたから何事もなかったのだろうけど…。
それにしても、私ったら一体誰の家に転がり込んじゃったのかしら…。
他にも部屋があるのか、ここにいた形跡はなさそうだ。
エリはベットから出ると、恐る恐るドアを開けて片目で覗き見る。
どうやら、そこは居間のよう。
それにしても、おしゃれねぇ。
私の部屋とは、大違い。
週末は自宅へ帰るからと、ここへは最低限の物しか持って来ていない殺風景な我が家とは、全く違う。
益々、誰の家なのかわからなくなってくる。
しかし、居間にも人の気配は感じられないが、家主は一体どこにいるのだろうか?
そっと部屋を出ると、辺りを見回してみる。
すると、ソファーで毛布に包まった、人らしきものが見えた。
頭まで毛布を被っているせいで、誰なのかよくわからない。
―――どうしよう…。
ちょっと、誰なの?
見たいんだけどなぁ…。
エリは無意識に毛布に手を掛けるとゆっくりゆっくり、相手を起こさないように手前に引いてみる。
―――あっ、眉毛が見えた。
もう少し…。
「うぅ…っん…」
―――わぁっ、起きちゃう起きちゃうっ。
その人物がいきなり寝返りを打ったためにエリは慌てて、手を離した。
かろうじて見える横顔は…。
―――えっ…うそ…。
うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!
「なんだっ!何が起きたんだ!」
エリがあまりに大きな声を出したものだから、寝ていた人物はソファーから跳ね起きた。
「磯…崎さん…」
「なんだよ。いきなり、デカイ声を上げやがって。びっくりするだろうがっ。それにお前、起きるの早いだろっ」
近くにあった時計を見ると、まだ4時半にもなっていない。
何時に帰って来たのか知らないが、ほとんど寝ていないのかもしれない。
ただ、エリは飲みすぎるとやたらに目覚めが早くなるのだ。
「びっくりしたのは、こっちの方ですよ。どうして、私はここにいるんですか?」
どうやら、ここは磯崎の家だったようだ。
しかし、よりによってどうして彼の家に…。
「あぁ?覚えてないのかよ。っつうか、あれじゃあ覚えてないよな」
大丈夫なのか?と磯崎が確認したにも係わらず、エリはあの後も飲み続けて、しまいには眠ってしまったのだ。
誰もエリの家を知らないし、酔っ払って寝込んだ女を連れて帰るような奇特な人物はいなかった。
そこで白羽の矢が立ったのは、一応上司でもある磯崎だったと言うわけ。
彼にしてみれば、自分はソファーに寝なければならないし、いいことなしだったのだが…。
「佐伯さんが途中で帰った後、あんた、気持ちよさそうに寝込んじまって。俺が上司だからって理由で、押し付けられたんだよ。いい迷惑だな」
「そうなんですか?ごめんなさい」
―――そうだったの…。
だからって、何で磯崎さんの家なわけ?
私の家を知らないっていうのもあるかもしれないけど、男の人の部屋に連れ込むなんて…。
っていうか、麻菜美ちゃんが帰っちゃったのなら、男の人しかいなかったんだけど…。
「言っとくけど、あんたには指一本触れてないし。いや、これは語弊があるな。ここまで運ぶのに触れたから。あくまでも、仕方なくだからな。そこんとこ、履き違えないでくれよ」
言い訳っぽく聞こえるが、ここはきちんと理解してもらわないと後々変なことになっても困るから。
「はい。ご迷惑をお掛けしました」
―――そう言えば、磯崎さんって、会社から車で10分くらいのところに住んでるって言ってたわよね。
ここからだったら、歩いて帰れるかしら?
一度家に帰って着替えないと、何を言われるかわからないし。
「家まで送ってやりたいけど、酒が抜けてないから車は無理だな」
「大丈夫です。歩いて帰れると思いますから」
「じゃあ、途中まで送ってやるから」
―――え?
何、送ってくれるって…。
いいわよ、一人で帰れるし。
「いえ、そんな」
「あんた、来たばっかりでこの辺のこと、わからないだろ」
「はぁ…」
「朝でも危ないだろうし、途中コンビニにも寄りたいから」
「そういうことなら」
なぜか、磯崎と二人で早朝の散歩!?
でも、意外に優しいのね。
しかし、二人で並んで歩いていても、会話がない。
元々、会社でも仕事以外の話はしたことがないわけだし…。
外は車もほとんど通ってないし、聞こえるのは鳥のさえずりだけ。
「あの…」
「なんだ?」
「磯崎さんの彼女さんって、どんな人なんですか?」
「え…」
「あっ、ごめんなさい。余計なことを聞きました」
つい、気になって聞いてしまったが、彼に対してこういう話題に触れるのは、なんとなくいけなかったのかも…。
聞いてしまってからでは、遅いけど…。
「何で、そう思ったんだ?」
「リングもしているし…。らぶらぶなのかなって」
「らぶらぶねぇ」
クスクスと笑う磯崎に…。
―――あたし、変なこと言ったかしら?
「今から言うことは、俺とあんただけの秘密だからな」
「秘密?」
―――秘密って、何?
おもしろそうだけど、なんなのかしら?
「俺には彼女もいない。もちろん、結婚もしていない」
「へ?」
―――彼女がいない?
うそ…じゃあ、そのリングはなんなのよ。
「そんな、素っ頓狂な声を出さなくてもいいだろ。彼女がいるのかって、いちいち聞かれるのが面倒だから、してんだ。友達に言われてやってみたんだけど、結構効果大だぞ」
「そうなんですかぁ」
―――へぇ、彼女がいるわけじゃなかったのね。
だけど、これじゃあ本当の彼女ができないんじゃないのかしらねぇ。
「やっぱり、見てるもんなんだな」
「そりゃあ、見てますよ。男の人の手は、特に」
「ふううん。まっ、そういうことだから、誰にも言うなよ」
「わかってますって。二人の秘密ですよね」
おしゃれな家に住んでいるとか、左手薬指にリングをしてるは彼女がいるっていちいち聞かれるのが面倒だからとか、意外に優しかったり。
磯崎さんのことを少しずつ知っていくのは、なんだかおもしろいかも。
二日酔いと寝不足で少し辛かったけど、少しの間早朝の散歩を楽しんだエリだった。
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