週が開けて月曜日、随分と落ち込んでいた和也が別人のように明るくて雄斗も美好もホッとしていた。
「あの二人、元に戻ったみたいだな」
「そうね。雄斗が心配するほどのことでも、なかったんじゃない?」
美好はまだ、直接もえから話を聞いていなかったけれど、聞かなくても何があったのかはわかる。
本当の意味で結ばれた二人は、幸せそのもの。
こっちまで、その余韻が伝わってきそうなくらいだった。
しかし、雄斗はその辺のことを知らないわけで、和也のあまりの変わりように驚いている様子。
「そうなのか?それにしても芹沢さん、今にも溶けそうなくらい顔が緩んでるんだけど。そんなにいいことがあったのかなぁ」
「あったのよ。ほら、二人のことはいいから仕事しなさいよ。朝一番で、会議でしょ?」
「あ?あぁ」
どうも気になる雄斗だったが、美好に言われるまで忘れていた朝一番の会議の準備を慌ててし始めた。
◇
お昼休み、もえと美好はたまにはと外の洋食屋さんに足を運ぶ。
ここは、オムライスが美味しいと評判だ。
「今日の芹沢主任、すっごく機嫌がよかったけど。もしかして、もしかする?」
美好はわかっていて、わざとこういう聞き方をしてみる。
もえには悪いが、反応が可愛くて仕方がないのだから。
「え…」
―――ほら、動揺してる。
まだ、何も聞いていないのにね?
それより、『いっそ迫っちゃいなさい』と言ったことは、守ったのだろうか?
もえのことだから、きっと美好の言うことを聞いたに違いないだろうけど…。
でも、どう迫ったのかしら?
ここは、きちんと聞いておかないと。
「そっかぁ、もえちゃんもとうとう大人の女性の仲間入りね」
「えっ、そんなこと…」
もえは恥ずかしさのあまり、先に頼んでいたアイスティーのストローをクルクルと回していた。
「何も、恥ずかしがることないわよ?好きな人と結ばれたんだもの、素敵なことじゃない。ねぇ、どうやって芹沢主任に迫ったの?」
「迫ったというか…」
もえは自分の中で迫ったという認識がなかったから、なんと答えていいかわからない。
ただ、一緒にお風呂に入って…。
―――あぁ、やっぱりこれって迫ったことになるのかしら?
今になって、すごいことを言ってしまったことに気付いても遅いかもしれない。
「美好さんは、犬丸主任とお風呂に入ったことはありますか?」
「えっ、ちょっ…えぇぇ?!」
美好は、飲んでいたアイスコーヒーを危うく気管に詰まらせるところだった。
―――まさか…もう、お風呂に入っちゃったの?
「美好さん、大丈夫ですか?」
「だっ大丈夫だけど、もえちゃんお風呂入ったの?」
「はい…」
「私もまぁ、入ったことはあるけど。そっかぁ、もえちゃん頑張ったわね。それじゃあ、彼も嬉しいわよね」
雄斗も例に漏れずお風呂に入りたがったけれど、美好はそれをなかなか受け入れられなかった。
温泉にでも行って大きな露天風呂に入るのだったら話は違うが、家の狭いお風呂に二人で入っても…。
それにもえからそういう言葉を聞くとはとても想像できなかったし、またそういうギャップが彼のツボに嵌ったのかもしれない。
「でも、会社で顔を合わせるのがなんだか恥ずかしいんです」
付き合い始めた時もそうだったけれど、今はそれ以上に顔を合わせるのが恥ずかしくて…。
和也は、今まで以上に優しく熱い視線をもえに向けてくる。
それだけでドキドキして…。
「同じ職場だから、仕方がないわね。少ししたら、慣れてくると思う。私もそうだったし」
「美好さんも?」
「これでも雄斗と付き合い始めた頃は、毎日顔を合わせるのが恥ずかしかったのよ?彼は芹沢主任と違ってそういうのをあまり表に出すタイプじゃなかったけど、妙に目が合ったりして」
なんとなく付き合い始めたというところはあったが、やはり同じ職場となれば平気でいられるほど美好にはまだ度胸はなかった。
それに雄斗は平然としながらも、美好のことを見つめていたから何度も目が合って。
今のもえと、そんなに変わらない。
「美好さんがいてくれて、よかったです。こういう話は、友達にもしにくくって」
「それは、私も同じ。もえちゃんがいなかったら、雄斗の本当の気持ちもわからなかっただろうし」
美好の方こそ、もえがいてくれてよかったと思う。
もしかしたら、お互い思っていることを言えないまま別れていたかもしれないのだから。
「仕事が終わったら、美好さんも犬丸主任もいなくなっちゃうんですね」
予定の1ヵ月は、そろそろ迫ってきている。
この仕事が一段楽すれば、二人は自分の職場に戻ってしまう。
もえは、それがすごく寂しくて…。
「それがね、なんだか長引きそうなのよ。朝一番の会議でその話になって、もう少しこっちにいることになると思うの。もしかしたら、ホテルじゃなくて部屋を借りるかもしれないわね」
「本当ですか?」
「うん。だから、そんな悲しい顔はしないでね?」
ちょうど運ばれて来たオムライスは本当に美味しそうで、二人の顔はいっぺんに明るくなったのだった。
◇
午後になってもえがフロアの角にあったキャビネのところでファイル整理をしていると、和也が調べ物をしにやって来た。
「もえ。なんだか嬉しそうだけど、何かいいことでもあったのか?」
誰もいないことを確認した上で、和也はもえの耳元で囁くように名前を呼ぶ。
「美好さんと犬丸主任がもう少しこっちにいると聞いて、嬉しくて」
「そうなんだよ。工程の方はなんとか持ち直したんだけど、もうちょっと二人に手伝ってもらおうということにさっき決まったんだ」
「よかった〜」と嬉しそうに言うもえ。
―――だけど、もえがこんなに嬉しそうにしてるのは、ちょっと妬けるなぁ。
「なぁ、もえ。俺とこうやって一緒にいるのは、嬉しくないのか?」
「え?」
それは嬉しいに決まっているが、話が微妙に違うように思うのは気のせいだろうか?
「どうなんだ?」
和也に顔をグーッと近付けられて、一歩後ずさるもえ。
しかし、後ろにはキャビネがあって…。
「嬉しいですよ。毎日、和也さんの顔が見られてこうやってお話できて」
「本当?」
「はい」
ここが会社ですぐ側にはいっぱい人がいるのだということも忘れて、和也はもえにくちづける。
「ちょっ、和也さんっ」というもえの真っ赤になりながら小さく怒った声が聞こえたが、名前を呼ばれただけで自分が特別な気がして、嬉しさのあまり和也はもう一度くちづけた。
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