Snow Blue
Story13


―――あれ、もえ?
和也が資料を探しにキャビネのところへ行くと、もえが周りを気にしながら小さな声で電話しているのが見えた。
まぁ、友達だろうと、さして気にも留めずに資料を探していたが、ついつい聞き耳を立ててしまう。

「えっ、彼氏?そんな人、いないわよ。就職したばかりで、そんな時間ないもの」

―――え?オイオイ、もえ。
俺のことを彼氏だって、堂々と言ってくれないのか?
相手が誰だかわからないが、隠すことはないのでは…。

「えっ、週末に?うん、わかった。蒼くんの好きなカレーライスを作って待ってるから。気をつけて来てね」

―――そうクンって、誰だ?そうクンって。
それに、俺と同じカレー好き?
もえのカレーライスが食べられるのは、俺だけじゃなかったのか?
他にもそういうヤツがいるのかよ…。

ガックリと肩を落とした和也はもえに気付かれないようにその場を後にしたが、落ち込みようは相当なものだった。
―――男が苦手だって言ってたのは、嘘だったのだろうか…。
最近では職場の同僚とも普通に話をしていたし、いつの間にか和也以外にもそういう男がデキていた?
いや、もえに限ってそんなことは…絶対にあるはずがない。
でも…。

そんな和也を見て心配になった美好が、そっと雄斗に話し掛ける。

「ねぇ、芹沢主任どうしたの?何か真剣に考え込んでいるみたいだけど」
「それが、さっきまでは普通だったんだけど、どこかに行って戻って来てからああなんだよ」

雄斗も気にはなっていたのだが、特に仕事で何かがあったわけでもなさそうだし…。
そう言えば、もえは席を外したままだが、それと何か関係があるのだろうか?

「もえちゃんと何かあったのかしら?」
「さぁ、あの二人に限ってそういうことはないんじゃないのかな」

そんなことを話しているともえが戻って来たのだが、和也とは裏腹にとても嬉しそうな表情。
彼女を見れば、二人の間に何かあったというわけでもなさそうだが…。
となると、和也に何があったのか…。
雄斗と美好は、首を傾げるばかりだった。



電話での会話を聞いた後、それでも和也は週末には自分の家に来てくれるものだとばかり思っていたのだが、返ってきた返事は予想外のもので…。

「もえ、週末は家に来るんだろう?」
「それなんですけど、ごめんなさい。急用ができちゃったんです」

―――急用って言うのは、そうクンって男が来るからなのか?
言葉が喉元まで出掛かったけれど、なんとかそれを心の奥底に封じ込める。

「そっか、じゃあしょうがないな」

和也は努めて明るく振舞ったが、寂しさは残ったままだった。

+++

もえがいない部屋で1人週末を過ごしていた和也は、意を決して彼女に電話を掛けることにする。
もしかしたら、その男が家にいるかもしれないし…。
それを確かめたかったというのが、本音なのだろう。
メモリからもえの番号を呼び出して暫く携帯を見つめていたが、大きく息を吐くと通話ボタンを押す。

トゥルルルルートゥルルルルートゥルルルルー

何度か呼び出し音が鳴ったが、もえが出る気配はない。
どこかに行っているのか、気付かないだけなのか…。
諦めて電話を切ろうとした時…繋がった。

「もしもし、もえ?」
『あんた誰?』
「・・・・・」

知らない男の声に和也は驚きのあまり声が出ない。
やっぱり…という諦めと、ここで相手を確かめなければという思いが和也を逆に冷静にさせた。

「芹沢と言いますが」
『せりざわさん?もえなら今、風呂に入ってるんだけど、もうすぐ出てくるんじゃないかな』
「そうですか」

次になんと言えばいいのか迷っていると、お風呂からあがったのか電話の向こうからもえの声が聞こえてきた。

『やだ、蒼くん。勝手に電話に出ないでよ』
『何だよ、彼氏はいないって言ってたクセにいるんじゃないか。俺という男がいながら』
『蒼くん、変なこと言わないでっ!聞こえちゃうじゃないっ』

―――全部聞こえてるよ、もえ。
こんな時だというのに妙に冷静になっている自分が、おかしいなと思ったりして…。
相手のことを確かめようと思ったけれど、確かめて何になるのだろう?
まだ言い合っている二人をなぜか微笑ましい気持ちで、和也は静かに電話を切った。

『もしもしっ、和也さん?和也さんっ』

もえが出た時には既に電話は切れていて、すぐに掛けなおしたけれど、再び和也が電話に出ることはなかった。

「もうっ、蒼くん。どうしてくれるよの!和也さん怒っちゃったじゃないっ」

―――どうしよう…。
蒼くんが変なこと言ったから、和也さん怒っちゃったんだわ…。
もえの瞳からは、止めどとなく涙が溢れてくる。

「うわぁっ、もえ。ごめん、ごめんったら。冗談だったんだよ」

蒼は慌てて謝ったが、もう遅い…。

「冗談ってぇ…和也さんは、そんなふうに思ってない。怒っちゃったもの、どうしてくれるの?蒼くんのせいだからっ」
「ごめん、もえ」

ここにいる蒼くんとは木下 蒼と言って、もえの従弟なのである。
実家はもえの家の近所にあってこの春から地方にある国立工業大学に入学してひとり暮らしをしていたのだが、週末に高校時代の友達に会うために帰って来ていたのだった。
ちょうど彼の両親が外出しているというので顔見せがてら、ついでにもえの家で食事に与ろうという魂胆。
しかし、蒼はもえが男性が苦手だということも知っていたし、まさか会社に入って急に彼氏ができるとは思ってもみなかった。
だから、ついあんなことを言ってしまったのだが…。

「謝ってもらっても、遅いわよ。嫌われたに決まってる。和也さんは、男の人が苦手な私を守ってくれて…初めて好きになった人なのに…」
「もえ…」

泣き崩れるもえに、蒼はどうしていいからからない。
蒼としてはもえに彼氏ができたことを喜ぶべきなのだが、どこかそうならないことを心の奥底で願っていたのかも…。

「わかった。もえ、住所教えて。俺、その芹沢ってヤツのところに行って来る」
「え?」
「そいつが、本当にもえに相応しい男なのかどうか確かめてくるよ」

そう言って立ち上がると、蒼は出掛ける支度をし始める。
泣きながらそれを見ていたもえだったが、自分も和也に会って誤解を解かなければ。
お風呂上りですっかりお気に入りのモーモーパジャマに着替えていたもえだったが、慌てて髪を乾かして着替えると、蒼と一緒に家を出た。


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