蒼が電話に出たことでもえと和也の間に危うく亀裂が入るところだったが、なんとか事なきを得た二人は、より一層絆が深まったよう。
「もえちゃん、嬉しそうねぇ。何か、いいことあった?」
今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいルンルンしているもえを見て、余程いいことかあったのだろうと美好は思った。
「はい。今度、和也さんと泊まりで秘湯に行こうって誘われて」
「秘湯?」
もえの様子からして和也とのことだと大よその見当はついていたが、秘湯とはなんとも渋い。
「まだ、どこに行くか決めていなくて。美好さん、そんなに遠くでなくていいところを知ってませんか?」
「そんなに遠くない秘湯ねぇ…」
名の知れた温泉には行っても、わざわざ秘湯を選んで行くというのはなかったから、そう簡単には思いつかない。
「う〜ん、ごめんね。私もあんまり行ったことがなくて」
「そうですか」
「あっ、でも雄斗ならどこか知ってるかも。あの人見かけによらず、旅モノ番組とかチェックしてるから。私は連れて行ってもらったことなんて、ないけどね」
雄斗は外見からは想像がつかないが、好きなテレビ番組は旅モノでよく見ていた。
美好が一緒に見ながら、連れて行って猫なで声を出しても『今度な』とかいってはぐらかされてしまっていたけれど。
「お願いします」
紅葉の季節、食べ物も美味しいし、仲良く温泉旅行なんて羨ましいわと思いながら、今夜雄斗に聞いてみようと思う美好だった。
◇
その夜、早速雄斗に聞いてみると想像以上に知っていることに美好は驚いた。
学生時代にはなんと、“秘湯研究会”なるものに所属していたらしい…。
そんな話は、初めて聞いたけど。
あまりに真剣に説明されて、次の日寝不足になるとは…。
「美好さん、昨日は遅かったんですか?」
さっきからあくびばかりしている美好を見て、もえがブラックのコーヒー入れてを持ってきてくれた。
「そうそう、もえちゃん。雄斗に聞いたのよ、どこかにいい秘湯はないか」
「そうしたら、うんちくを散々説明されて、眠くって」と、美好はありがたくもえの入れてくれたコーヒーを飲む。
「そうなんですか?」
「でね、いい場所をいくつか教えてもらったから」
プリントアウトされたものを渡されて、その内容の細かさにもえも感心してしまう。
変な意味ではないけれど、人は見かけのよらないなぁと。
「ありがとうございます」
「こっちこそ、もえちゃんにお礼を言わないと」
「え?」
ここまで探してもらったのにもえが礼を言っても、言われることはないのに…。
「あのね、雄斗が温泉行こうって誘ってくれたの。今まで私から言っても、はぐらかされてたのにね」
美好と雄斗の関係も、少しずつ変化をみせていた。
彼がとても優しくなったことと、美好が口に出さなくても気持ちを察してくれるようになったこと。
「そうなんですか?だったら、一緒に行きましょう。あっ、でも迷惑ですね」
ついつい、大勢で行った方が楽しいかなと思ってしまうもえだったが、こういう時は二人っきりの方がいいに決まってる。
「そんなことないわよ。でも、もえちゃんの方が迷惑でしょ?」
「いえ。二人もいいんですけど、みんなで行ったらもっと楽しいかなって思うんです。それに混浴はちょっと、となるとお風呂に1人で入るのは寂しいです」
「そうねぇ、そう言われてみれば。でも、この際だから芹沢主任と混浴しちゃえば?ほら、部屋に専用のお風呂が付いている宿とかあるじゃない」
「うぇっ、みっ美好さんっ。そんな、大胆な…」
―――やぁっ、もえちゃん赤くなってる。
可愛いっ。
つい、もえだとこういう冗談を言ってみたくなるのだが、反応が可愛過ぎる。
二人っきりで行くのはいいが、お風呂に1人で入らなければならないのは確かに寂しいかもしれない。
「じゃぁ、芹沢主任がいいって言ったらね」
「絶対、いいって言いますよ」
自信たっぷりに言うもえだったが、彼にしてみればやっぱり二人っきりの方がいいのではないだろうか?
もしかして、マイ露天風呂付の宿を考えているのかもしれないし。
実を言うと以前、もえがマイ露天風呂付の宿に泊りたいと言っていたのを和也はしっかり覚えていた。
もえにしてみれば、和也と一緒に入りたいからというのではなく、ゆっくり入れるという理由からだったのだが…。
というか、雄斗の方が何かよからぬことを考えているかもしれないと思うと4人で行く方が安全かもしれないと美好は思った。
+++
案の定、和也はもえのお願いを聞かないわけにはいかず思惑が外れた形になったが(それ以上に雄斗の方が)、4人で関東に近い東北にある温泉に1泊2日で行くことにした。
「もえ。まさか、温泉にモーモーパジャマは持って行かないよな」
初めて和也の家に泊りに来た時、大胆な下着に驚かされたが、あまりに正反対のパジャマにはもっと驚いた。
相当気に入っているのか、和也の家にもう1つ専用のパジャマが置いてあるくらい。
浴衣姿のもえを見たいのだから、まさか旅行にまでは持って行かないだろう…。
「え、ダメですか?」
「いや、ダメじゃないけど、旅館には浴衣があるだろうし」
「浴衣は、はだけるから好きじゃないんです」
―――そのはだけるのが、いいんじゃないか。
足元とかちらっと見えたりして…。
って、俺は何を考えているのやら…。
「はだけたっていいだろ?どうせ、部屋には俺しかいないんだし」
「和也さん、何を考えているんですか?」
「ん?もえの色っぽい浴衣姿」
ソファーに座っていた和也は、隣にいたもえを自分の膝の上に抱き上げる。
「ちょっ、和也さんっ。こんなっ」
一瞬にして真っ赤になったもえの唇をすかさず奪う。
そんなもえが可愛くて仕方がない和也には、一時たりとも離れてはいられなかった。
それに本当なら、二人っきりで温泉に行くはずだったのに…。
雄斗と美好が一緒なのが嫌というわけではないが、4人でいる時には多少は抑えなければいけないわけで…。
だから、せめて部屋で二人っきりの時はもえの色っぽい姿を見たいのだ。
「旅行にモーモーパジャマは、禁止」
「そんな…」
納得できないという顔のもえにもう一度くちづけると、赤くなりながらも小さな声で「わかりました」と言ってくれた彼女。
でも、密かに最近お気に入りだというカエルのパジャマを持って来るとは…。
何も知らない和也だった。
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