Snow Blue
Story17


4人の乗った車は高速を降りると一般道に入り、そこから山道へと走って行く。

「うわぁ、すっごい綺麗ですぅ」

助手席に座っていたもえの視界いっぱいに、赤や黄色に染まった木々が絨毯のように一面に敷き詰められていた。
これだけの紅葉は、山に来なければ見られないだろう。
もえだけでなく、他の3人も暫し紅葉に見入ってしまう。

「なんか、猿とか出てきそう」

ふと口にしたのだが、なんとなく山に猿は付き物というか、それは美好がそう思っただけなのだが…。

「えっ、お猿さんですか?見たいですぅ」

なぜか猿に飛びついたのは、もえだった。

「なんだ、もえは猿が好きなのか?」
「はい。お魚系も好きなんですけど、お猿さんも好きなんですよ。温泉に浸かっている姿をテレビで見るとすごく気持ちよさそうで、一緒に入りたいなぁって思うんです」

よく冬になると猿が何頭も温泉に浸かって、猿同士で毛繕いなどをしているシーンがテレビに映ったりする。
確かにそれを見ると気持ちよさそうだなと思うけれど、一緒に入りたいかは…微妙だが…。

「ほう。じゃぁ、もえは俺とは風呂に入らないけど、猿とは入ってみたいのか?」

さっきから、和也は妙に風呂に拘っていた。
しかし、今回は雄斗も口を挟まない。
それは、下手なことを言うと美好に突っ込まれるから。

「えっ…和也さんは、さっきからそればっかり」
「だって、もえが俺と風呂に入るって言ってくれないからだろう?」

もえだって、和也とお風呂に入りたくないわけではない。
それを堂々と口に出して言えないだけなのだ。

「芹沢主任、心配しなくても大丈夫ですよ。もえちゃんは、ちゃんと一緒にお風呂に入ってくれますから」

「ねぇ、もえちゃん」と美好に言われて、もえは恥ずかしながら小さく頷いた。
それを見ただけでも、和也の態度は一変したわけで…。
軽快なハンドルさばきで、目的地へと向かって行った。

紅葉を堪能しながら細い山道を抜けると、ひなびた温泉街が見えて来た。

「これぞ、温泉街って感じだな」

雄斗の言う通り、細い川沿いにそれほど大きくない宿が数件並んでいる。
まさしく、絵に描いたような温泉街が続いていた。

「あっ、温泉饅頭」

雰囲気を味わっている雄斗に対して、美好は食い気の方が勝っていたようだ。
目の前に饅頭を蒸しているのだろう、湯気が立ち上っているのが見える。

「美好は、色気より食い気だな」
「いいでしょ?好きなんだもの」

温泉とくれば温泉饅頭というのが定番だから、美好でなくてもついつい目がいってしまう。
もちろん、もえだって食べたくてしょうがないのだ。

「私も食べたいです。できたての温泉饅頭」

もえに言われて、和也が車を止めないわけがない。
適当なところで車を止めると、早速饅頭に有り付くことにする。
店先に立っていたおじさんに「4つ下さい」と言うと「味見して、気に入ったら買っていって」と言われ、ありがたく頂戴することした。
山間に来ているせいか、外は少し冷えるが熱々の饅頭がそれを忘れさせた。

「いただきま〜す。熱っつぃ」

まだ饅頭から湯気が出ているところを2つに割って口に入れると、あんこが甘くてとっても美味しい。

「もえ、美味しい?」
「はい。美味しいです」

聞かなくても顔を見ればわかるのだが、つい聞いてみたくなる。
やっぱり予想通りの答えが返ってきて、和也の顔もほころんだ。
誰もいなかったら有無も言わさず抱きしめているところだが、たまにはこんな表情を見ているのも悪くないと思う。

もえの両親のお土産に買って行こうと、おじさんには明日帰る時にもう一度寄るからと言って4人は再び車に乗り込んだ。
宿に入る前に、いくつか点在している公共の風呂巡りをしてからにしようということになった。
ここは都会へと通じる道が細い山道一本しかないことで秘湯と呼ばれているが、宿も公共の風呂も充実していて入浴の前に手ぬぐいを買えば全部の風呂に入ることができる。

まず、もえと美好の目に留まったのは“美人の湯”。
これ以上美人になってどうするんだ?という和也と雄斗のことはさておいて、女性にとっては非常に魅力的な響きなのである。
男性が入っても美人の湯というのは、少々微妙だが…。
ここは残念ながら男女別になっている室内風呂だったが、まだまだ先には露天風呂も、それも混浴なんていうものも待っているからご安心。

「もえちゃん。このお風呂に入ったら、美人になれるのかしら?」
「美好さんが今よりもっと美人になっちゃったら、犬丸主任倒れちゃいますね」
「倒れちゃうの?雄斗が?」
「はい。もう、イチコロです」

―――あの雄斗が?
そうなったら、おもしろいかも。
まぁ、絶対ないだろうけど…。
でも、雄斗が倒れちゃうなら芹沢主任は気絶ものね。

美人の湯の特徴は、それほど熱くない無色透明のさらっとしたお湯にあった。

「あ〜もえちゃん、気持ちいい」
「はい。やっぱり、家のお風呂と違って温泉はいいですね」

本当に気持ちよさそうにしているもえだったが、髪をアップにしてそこから出ている後れ毛がなんとも色っぽい。
可愛いとばかり思っていたもえが、こんなにも色気を発していたとは…。
それに結構胸もあったりして…。
どこを見ているのか?と言われそうだが、あまりにも魅力的で美好はもえから目を離すことができなかった。
―――こんなのを見せられたら芹沢主任、本当に気絶しそうだわ。
あんなに一緒にお風呂に入るのを楽しみにしていた和也だったが、今のもえを見せられたら平常心ではいられないだろう。

「このお湯が美人の湯って言われるのが、なんとなくわかりました」
「もえちゃん教えて、何で?」

美好にはその意味がわからなかったが、どうしてなのか?

「はい。透明のお湯がキラキラして、美好さんがとっても綺麗に見えるんです。だからですね、きっと」

確かに言われてみれば、そうかもしれない。
美人になれるのではなくて、美人に見えるが正解かも。
―――でも、残念ね。
このお湯に一緒に入らないと見られないなんて…。
だけど、男同士で入ってもそう見えるってことよね?
うふっ、それって…。
色っぽい彼らの姿を思い描きながら、ゆっくり湯に浸かるもえと美好だった。


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