Snow Blue
Story7


コンコン―――。

「失礼します。芹沢主任、資料をお持ちしました」

これから始まる会議の準備のために和也は一足先に会議室にいたのだが、頼んでいた資料のコピーを持って、もえが入って来た。

「悪いね、その辺に置いてくれる?」
「はい」
「あっ、もえ」

資料を机の上に置いて、出て行こうとするもえを和也が引き止めた。
もちろん、名前で呼んだのは誰もいないことがわかっていてのこと。

「犬丸さんと花村さん、仲直りしたみたいだな」
「主任も知っていたんですか?あの二人のこと」

「あぁ」と頷く和也。
おととい雄斗を誘って飲みに行ったのは、もえが美好を自宅に誘ったことを聞いてのことだったけれど、男同士で色々話をしてつい飲み過ぎてしまったのは和也も同じ。

「もえのおかげかな?」
「いえ、私は…」
「そんなことないだろう?」
「それは、主任が犬丸主任とお話したから」
「俺は、何も言ってないよ」

もえが美好と話をしたからかどうかはわからないが、雄斗と美好の二人の表情が昨日とまったく違うことは明らかだった。

「でも、よかったです」
「そうだな」

にっこり微笑むもえだったが、いつもと様子が違うことに敏感な和也が気付かないはずがない。
―――何かあったのか?

「もえ、何かあった?それとも、どこか体調でも悪い?」
「えっ…」

和也に心の内を見透かされていたようで、もえは思わず動揺してしまう。
しかし、それを隠すようにまたいつもの笑顔で微笑み返す。

「別に何もありません。体も至って元気ですから」
「それならいいけど、また誰かに誘われたりしたのかなって思って」

和也と付き合うようになっても、可愛いもえに誘いを掛ける輩は相変わらず後を絶たないわけで、それが和也には唯一の心配事だったからだ。

「主任は心配性ですね。もう、誘われてもちゃんと断ってますよ」
「そうか?ならいいけど」

あれからもえは、だいぶ普通に男の人と話せるようになっていたし、きちんと誘いも断っていた。
だから、和也の心配はもういらないのだが…。

「そろそろ、会議の時間ですね」
「あっ、そうだな。何かあったら、お願いするかもしれないけど」
「はい」

―――何もないって…本当か?
もえが部屋を出て行った後も、暫く和也はドアを見つめたままだった。

+++

和也は優しくて、とても素敵な人。
男性が苦手だったもえが、今では普通に話せるようになったのも彼がいたから。
だからこそ、もえは今のままの自分でいいのかどうか…。
『もえちゃんが、そんな心配しなくていいの。芹沢主任を信じていればね』という、美好の言葉が脳裏に浮かぶ。
和也は、本当にそう思っているのだろうか?



「もえちゃん、どうかした?」

定時を過ぎて残業時間、紅茶を入れようと先に給湯室へ行ったもえだったが、ちょうど電話が掛かってしまい美好は後から行くと、もえは手にティーパックを持ったまま止まっている。

「あっ、美好さん」
「どうしたの?考え事なんかして」

雄斗とのことで色々心配をかけてしまったが、もえのおかげで無事仲直りをして互いの気持ちも知ることができたというのに…一体、どうしたというのだろう?

「いえ、なんでもないです」
「そう?もえちゃんは、ひとりで抱え込むタイプでしょ。お姉さんには、わかるんだから」

前に真里にも同じようなことを言われたことがあった。
『もえは、ひとりで抱え込んじゃうからね』
自分ではそういうつもりはなかったのだが、どうも周りにはそれがわかってしまうよう。

「私ね、もえちゃんのおかげで雄斗と仲直りできたの。お互いがずっと思っていたことも全部話してすっきりしたわ。だから、もえちゃんにはすっごく感謝してる」
「そんなこと…私は何も」
「ううん。もえちゃんに言われた通り、好きって言葉にしたら仲直りできたんだもの」

『お互い、好きって言うのが恥ずかしいだけなんです。勇気を出して言ってみたら、きっと仲直りできますよ』という、もえの言葉通りだった。
言わなくてもわかってると思っていたけど、そうじゃない。
ちゃんと口にしないと、気持ちは伝わらないのだということを。

「ねぇ、もえちゃん。残業やめて、これからちょっと飲みに行っちゃおうか」
「え?」
「もえちゃん、お酒飲めないのよね。だから、ほんのちょっとだけ。ね?」
「でも…仕事の方は」
「大丈夫。今日中にやらなきゃいけないものでもないし、私の方から芹沢主任と雄斗に言っておくから」
「はい」

早々に仕事を切り上げて、もえと美好は会社を後にした。

二人が行ったのは、女性同士でも気軽に入れるダイニングバー。
ちょっと大人の雰囲気が素敵なお店だったが、もえはこういうところに来るのは初めてだったのでなんだか緊張してしまう。

「私、こういうお店に入るの初めてなんです」
「芹沢主任とは、来ないの?」
「私、お酒が飲めないので、主任と行くのは食事がメインのお店が多くなっちゃいますね」

和也はそれなりにお酒は飲む方だが、もえと出掛ける時は食事がメインのお店に限られてしまう。
―――もう少し大人だったら…和也さんは、こういうお店に来たかったのかもしれないのに…。

「それは、仕方ないわよね。実は、私もなの。お酒は飲む方だけど雄斗はこういう雰囲気のお店は好きじゃないみたいだし、もえちゃんだけじゃないのよ?」

美好にはもえが思っていることがわかるだけに、自分だけではないのだということをわかって欲しかった。
そんな時、注文を取りに来た店員に、もえはアルコール度数の低いカクテルを美好はワインを注文する。

「さぁ、もえちゃん。話して?今度は、私がもえちゃんの話を聞く番なんだから」

優しく聞いてくれる美好は、本当のお姉さんのよう。
友達にもなんとなく話しにくいことだけど、事情を知っている美好になら相談してもいいのかもしれない。
そう思ったもえは、自分の悩んでいることを話すことにした。

「あの…私…経験がないので…」

―――あぁ、やっぱり…なんとなくそうじゃないかと思っていた美好だったが、自分が聞いてしまったことで、もえを悩ませてしまうなんて…。

「あの時は、心配しなくても芹沢主任を信じていればって言ったけど、気にしちゃったわね。変なこと言ってごめんね」
「いえ、美好さんのせいじゃないんです。私が…」
「もえちゃんの気持ちは、どうなのかしら?」
「気持ち?」
「こういうことは、彼のためにっていうことではないと思うの。もえちゃん自身も、そういうふうに思わないとね」

―――どうなんだろう?
もえには、まだよくわからない…。

「もえちゃんも彼と同じ気持ちなら、いっそのこと迫っちゃえば?」
「うえぇぇぇぇ…せっ、せっ、せっ、迫るんですか?!」

美好の爆弾発言にもえは、声が裏返ってしまう。
―――迫るなんてぇ…そんな大胆な…。

「そう、いっそ迫っちゃいなさい。主任驚くなぁ、きっと」
「美好さん、おもしろがってません?」
「そんなことないわ。大事なもえちゃんだもの、いくら相手が芹沢主任でもこんなこと言わないわよ?」
「でもぉ…」
「好きって言うのと同じ。恥ずかしいけど、ここはもえちゃんが勇気を出して言い出さないと彼はいつまで経っても手を出しそうにないもの」

「そうよ、もえちゃんっ」と、ひとりゴチている美好。
確かにこのままでは、いつまで経っても和也はもえに手を出さないだろう。
でも…。

ちょうど運ばれて来たカクテルとワイン。

「もえちゃんの勇気に乾杯」

グラスを合わせて乾杯すると美好はすっきりした顔で飲み干したが、もえはアルコールが入っていたはずなのにちっとも酔わなかった。


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