Snow Blue
Story8


―――あ〜ぁ…。
もえは美好に言われたことを思い出して、大きな溜息を吐いた。
『もえちゃんも彼と同じ気持ちなら、いっそのこと迫っちゃえば?』
自分から迫るなんてぇ…。

でも、美好の言うように和也はいつまでも、もえに手を出さないだろう。
それを黙って見ているのも、辛いことなのかもしれない。
だったら…。
男と女が愛し合えば、自然のこと。
でも…。

「木下さん」
「うわぁっ」

考え事をしていた時に肩を叩かれて、もえは素っ頓狂な声を上げた。
声の主は、その当人だったのだから。

「ごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだけど。何度、呼んでも気付かないから」
「いえ、すみません」

まさか、あんなことを考えていたなんて…。
急に恥ずかしさが込み上げてきて、和也の顔をまともに見ることが出来ない。
恐らく、真っ赤になっているに違いない。

「どうしたんだ?熱でもあるのか?」
「えっ、いえ。そんなことは…。あの、何か用があったのでは?」
「あっ、そうそう。これから会議があるんだ。悪いけど、コーヒーを4つ用意してくれないかな」
「はい。わかりました」

もえの顔が赤いのを熱があるのと勘違いした和也はまだ心配そうに見ていたが、そんな彼から逃げるようにもえはコーヒーを入れるためにその場を後にした。



―――どうしたんだ…。
もえが度々考え込む姿を目にした和也は、心配でたまらなかった。
さっきは顔が真っ赤だったし、熱でもあるのかと額に触れようとしたら避けられた…。
いつもなら目を合わせれば、にっこりと笑顔を向けてくれるはずなのに合わせてくれないどころか、逸らされたし…。
朝から会話をしたのは、あれっきりだった。
何があったんだ?
オイオイ、嫌われたとかないよなぁ…。
多分…いや、恐らくそれはないと思うのだが、じゃあ一体どうしたというのだろう?
美好と雄斗が仲直りできてホッとしたのも束の間、今度は自分の番になろうとは…。

「芹沢さん、どうしました?プリンターの調子でも、悪いんですか?」

声を掛けたのは、雄斗だった。
プリントアウトしたものを取りに来て、もえのことを考えていた和也は、ボーっとプリンターの前で突っ立っていたよう。

「いえ、すみません。邪魔でしたね」
「そんなことは…でも、何かあったんですか?」

もえとの仲は至って良好と聞いていた雄斗、遅れていた工程もなんとか取り戻していたし、仕事の方の問題もないはず。
こんなふうに考え事をしている姿を見たことがなかったので、雄斗はなんとなく気になった。

「よくわからないんですよ」
「わからない?」
「はぁ」

私的なことを仕事中に話すのもなんだと思ったが、休憩するにはちょうどいい時間と二人は外へ出ることにした。

会社近くにあるセルフサービスのコーヒーショップ、都会にはこういう店がすぐ近くにあっていいなぁなどと雄斗は暢気なことを思ってしまう。

「犬丸さんは、ホットで良かったですか?」

店に入ってホットを2つ注文した和也に代金を払おうとした雄斗だったが、彼はたいしたものではないからとそれを受け取らず、ありがたくいただくことにした。
窓際のカウンター席に並んで腰掛ける。

「すみません。奢っていただいて」
「いえ。こちらこそ、ご心配掛けまして」
「で、どうしたんですか?」

和也は話をする前に、ひと口だけコーヒーを飲んだ。

「よくわからないんですけど、もえの様子が変なんです」
「変?」
「ええ。さっきの俺みたいに考え事をしていることも多いし、さっきなんて顔を赤くしてるから熱でもあるのかと思って額に触れようとしたら、避けられるし。目も合わせてくれないんです」

―――え?目も合わせない?
和也ともえはいつも仲が良く、付き合っていることを知っている雄斗は二人が時折アイコンタクトを取り合っているのを何度も見たことがある。
しかし、和也がよくわからないと言うところをみると、二人の間に何かがあったわけではないのだろう。

「喧嘩をしたとか、そういうんじゃないんですか?」
「全然。昨日まで普通に話してたし、変わった様子なんてなかったのに…」
「昨日?」

昨日と言えば、会社帰りに美好と食事に行ったはず。
ということは、そこで何かがあったのか?
特に美好からは、何も聞いていなかったが…。

「俺、嫌われたんですかね」
「え?それは、絶対ないでしょう。木下さんは、男としての芹沢さんを好きということだけでなくて、尊敬していると思います。嫌うなんてことは…」

もえを見ればそれはすぐにわかることで、男性嫌いだった自分を守ってくれた和也のことを好きということ以上の想いがあるに違いない。
なのに、嫌うなどということがあるはすがない。

「だったら、どうして」

確かにちょっとしたことで悩むことはあるかもしれないが、愛しい相手を目の前にして避けたり、目も合わせないとなればやはり和也とのことなのか…。

「身に覚えのないことだったら、彼女に聞いてみるしかないですね。もしかして、芹沢さんが思っているほど深いものではないかもしれませんし。すみません、こんな気の利かないことしか言えなくて」
「そうなんですよね。考え過ぎかなとは思ってるんですが、どうももえのこととなるとダメなんです。悪い方に考えてしまって」
「俺もそんなふうに思っていれば、あいつにあんな思いをさせなくて済んだんですけどね」
「それって、花村さんのことですか?」

黙って頷く雄斗。
美好なら大丈夫と思ってしまったところが、今となってはいけなかったのだと反省している。
だから、和也のように相手のちょっとした変化に気付けるようであれば、大丈夫だと雄斗は思った。

「ここで、俺達の話はなしにしましょう。大丈夫ですよ、木下さんが芹沢さんのことを嫌いになることは絶対にないと思います。俺も、美好にそれとなく聞いてみますから」

雄斗の言葉に少しだけ安心した和也だったが、その後ももえの様子に変化は感じられなかった。
そんな時…。

まだ、会社に残っていた和也の携帯が震えだした。
ディスプレイには、愛しい相手の名前。

「もしもし、もえ?」
『和也さん。今、お話してもいいですか?』
「あぁ、いいよ」
『もしかして、まだ会社に?』
「少ししたら、帰ろうと思っていたところだから。でも、もえから電話なんて珍しいな。何かあった?」

いつも、和也からしか電話を掛けることがなかったので、もえからの電話というのは…。
和也の脳裏に不安が過ぎる…。

『あの、今度の土曜日なんですけど…』
「土曜日?土曜日に何かあるのか?」

まさか、別れ話とか言わないだろうなぁ…もえ〜。

『和也さんの家に、行ってもいいですか?』
「あっ、ああ…構わないけど」

―――家で?

『あの…』
「もえ?」
『あの…お泊り…しても、いいですか?』
「へ?お泊り…って―――えぇぇぇ?!」

フロアの外に出ていたにしても、誰もいないエレベーターホールに和也の大きな声が響き渡った。
―――今、もえは俺の家に泊まってもいいか?って、聞いたよな…。
ってことは…。

『ダメですか?』
「ダメってことはないけど、自宅で何かあるのか?」

家にいられない用事があるとか…。

『そうじゃないんですけど…ダメなら―――』
「ダメなんてことはないよ。ただ、男の家に泊まるってことは…その…」
『わかってます』
「わかってるって、もえ?」

もえのいいきなりの言葉に呆然とする和也だったが、「おやすみ」と言って電話を切った後の彼は再び大声で叫ぶと思いっきりガッツポーズをしていたのだった。


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