Snow White
Story3


それからも芹沢は、もえが男性社員に誘われているところを見かけるとさり気なく間に入って助けてくれた。
もえ自身も芹沢に助けてもらってばかりでは申し訳ないと思うし、これでは男性とも付き合うことさえできなくなってしまう。
もういい年なのにまだそういう経験がないことに、少なからず負い目を感じている自分がいるのも確かだった。

「もえ、どうかした?」

もえはコーヒーを入れようと給湯室に向かったはいいが、ボーっとしていたようだ。
真里が心配そうにもえを見ている。

「あぁ、真里。ううん、ちょっと考え事してた」
「そう?もえ、最近元気ないみたいだけどなんかあった?」

もえがここのところ少し元気がないことを真里は気にはしていたのだが、聞いていいものかどうか迷っていたところだったのだ。

「そんなこと、ないけど」
「それならいいけど、何かあったら言ってよ。もえは、ひとりで抱え込んじゃうからね」
「ありがとう」

そう言って微笑むもえは、やっぱりいつもより元気がない。
女の真里から見てももえは本当に可愛いから、男性社員からの誘いが耐えないのを同じ部にいる彼女は知っていた。
だからできるだけそういう誘いからは遠ざけて来たつもりだったが、どうしても真里の目が行き届かない時もある。
真里はもえとは同い年だが、なぜか妹のように思えて気になって仕方がない。
守ってあげたいという、母性本能みたいなものを掻き立てられるのだ。
そんな時に気付いたのは、もえの直属の上司でもある主任の芹沢が同じようにもえのことを見ていたことだった。
芹沢はもえが男性が苦手だということに気付いていたから、もえが困っていると助けてくれるのだともえ自身が話していたが、本当にそれだけなのかという疑問も無きにしも非ずだと真里は思っていた。
芹沢が悪いというのではないがあの容姿で仕事もできる、浮いた噂などは聞いたことはないにしても、よからぬ下心で可愛いもえに手を出さないとも限らない。
男性に対して免疫のないもえが騙されやしないか、真里は内心気が気ではなかったのだ。
近いうちにもえを食事にでも誘って、悩みを聞きだそう。

+++

「そう言えば、駅前に新しくできたイタリアンのお店に行った人がね、すごく美味しかったって言ってたから、ちょっと行ってみない?」

いつものように午後の休憩を真里と一緒にしていると、思い出したように彼女が言った。
もえもその店のことは気になっていて、一度行ってみたいと思っていたところだった。

「うん、行く!」
「じゃあ、後で予約入れておくね」

嬉しそうに誘いに乗ってくれたもえに、真里は少し安堵した。
最近元気のなかったもえの力に、少しでもなってあげられたらと思っていたからなのだが。

定時を過ぎて真里ともえは、駅前にできたイタリアンのお店に来ていた。
さすがに人気店、OPENしたてということもあって店内はかなり込んでいたが、真里が予約してくれたおかげで待たずに入ることができた。

「すごい、込んでるね」

もえは席に着くと、辺りを見回して言った。

「ほんと、予約して正解だったわ」

もえはからっきしお酒はだめだったが、せっかくだからとワインのボトル(ほとんどを真里が空けてしまうだろうけど…)にお勧めのディナーコースを頼んだ。
真里はすぐにでももえの心の中に抱えているものを聞きだしたかったが、いきなり切り出したのではそのために誘ったのかと彼女にいらぬ心配をかけてしまう。
話の成り行きでそれとなく聞き出そう、真里はもえのグラスにルビー色に輝くワインを注ぐとカチンと合わせた。
料理は評判通り彩も綺麗でとても美味しい、人は美味しいものを食べている時はなんて幸せなんだともえは思った。

「ねぇ、もえ。あたしじゃ、もえの力にはなれないの?」

不意の真里からの問いかけに、もえは一瞬どう答えていいかわからなかった。
ただ言えることは自分のことで真里に心配をかけていたのだということが、今は心苦しい。

「ごめんね、真里に心配かけて」
「そんなこと気にしないで、あたしはもえのそういう顔を見てるのが辛いから」
「私、男の人が苦手なことで真里やみんなに迷惑かけてるって思う。特に芹沢主任には…。だから、そういうのどうしたら直せるのかなって」
「あたしは迷惑なんて思ってないよ、それは芹沢主任だって同じだと思う。だからもえも、無理に直そうとか思わなくていいんだからね」

職場に配属されてからというもの、もえを誘いに来る輩は日に日に多くなっていたのは事実だが、だからといって男の人が苦手なのを無理に直す必要はないと真里は思っていた。

「でもね、このまま真里や芹沢主任に甘えてばかりもいられないし…。ずっと、誰とも付き合えないままっていうわけにもいかないかなって」
「そういう人がいるの?」
「え…そういうわけじゃないけど…」

真里の問いかけに、ほんの一瞬だが芹沢の顔が浮かんだのは事実。

「もしかして、それって芹沢主任?」
「そっ、そんなわけないじゃない。もうっ真里ったら、変なこと言わないでよ」

心の中を見透かされたようで、もえは動揺を隠せない。
逆に真里から言わせれば、わかりやすい子だなって思うのだが…。
まぁそんなところも純粋で可愛いのだけど、もしそれが本当だとしたら…もえが傷つくようなことにならなければいいが…。

「隠してもだめよ、あたしにはお見通しなんだから」
「別に隠してなんかいないけど…それに、芹沢主任のことをそういうふうに思ってるかもわからないし…」

もえには、実際まだそういうことがよくわからない。
芹沢主任のことは他の男性と違って苦手という意識もあまりないが、憧れはあるものの好きだとか付き合いたいとか今までそういうふうに思ったことはなかったからだ。

「そっか、まぁ芹沢主任のことは置いておいて、もえにもそういう相手が現れたってことは一歩前進したってことでしょ?」

相手が芹沢主任というのは少し引っかからないでもないが、これはこれで喜ぶべきことだと真里は思った。

「焦る気持ちはわからないでもないけど、もえは今のままでいいってあたしは思う。だから変に悩んだりしないで、笑ってるもえがあたしは好きだから。きっと、芹沢主任だってそう思ってるよ」

こんなふうに自分のことを思ってくれる真里に、もえは感謝の気持ちで一杯だった。
とても綺麗でそれを鼻にかけることもなく、誰にでも優しくて困っていると親身になって助けてくれる。
もえには姉妹はいないけれど、お姉さんがいたらこんな感じなのかなと思った。

「そうだね、ありがとう真里」

やっと笑顔のもえに戻ったなと真里はそれだけで、心の中が暖かくなった。
本当に素直で可愛くて、できれば芹沢主任とうまくいってくれればと願う真里だった。


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