「彼女、とっても可愛らしい方ですね?」
千瑛(ちあき)が凛々(りり)の写った携帯画像をジーっと見つめていると、いつの間に側に来ていたのか、秘書の円(まどか)が覗き込むようしてそれを見ていた。
ふと、気が付くと携帯に手が伸びてしまう。
それくらい、彼女が愛しいということだろう。
「何か?」
「本店で開催するファッションショーの件で、ちょっと」
凛々(りり)にあげた新作の服は、実を言うとまだ店頭には並ぺずに本店で開催予定のファッションショーに出そうと思っていたもの。
それを一足早く彼女にあげたのだが、口コミで広まってしまったらしい。
問い合わせが殺到して、ちょっと困ったことにもなっている。
「その彼女を出演させたら、いかがかと思いまして」
「凛々(りり)ちゃんを?」
「えぇ、モデルももちろん使いますが、彼女はとっても可愛いらしいし一般女性ですから、よりお客様も好感をもたれるかと」
…確かにそうかもしれないが、自分の大事な彼女を人前にはちょっと。
「それは」
「彼氏としては、彼女をモデルに起用するのは抵抗がありますか?」
「え?」
「千瑛(ちあき)さんが変わったのは、彼女のためですよね?」
円(まどか)は千瑛(ちあき)が突然男性に戻った理由は、凛々(りり)が現れたからだということを知っていた。
そのことについては本当に良かったと心から思っていたし、それは円(まどか)だけではなかったはず。
カリスマデザイナーでありながら、一切マスコミの前に登場しなかったのは、根も葉もないことを言われたくなかったから。
それも、もう必要ない。
「あぁ。彼女のおかげで、僕は本来の自分に戻れたんだ」
…凛々(りり)ちゃんに出逢わなかったら、僕は…。
「やっぱり、彼女にモデルは無理ですよね?」
「彼女は、僕の中だけに封じ込めておきたい存在だから」
千瑛(ちあき)がどれだけ凛々(りり)のことを大切に思っているか、それが円(まどか)には痛いほどに伝わってくる。
そんな大切な彼女をやっぱり、モデルとして人前には出せない…か…。
非常に残念ではあったがこれは仕方ない、今回は諦めることにしよう。
+++
―――あっ、千瑛(ちあき)さんからのメール。
定時少し前、デスクの上に置いてあった携帯に着信メールの表示。
彼と想いが通じた今、凛々(りり)にとっては毎日が薔薇色に輝いていた。
あたしは緩みっぱなしの顔を無理矢理引き締めると、こっそり席を立ってメールを確認する。
『良かったら今夜、僕の家に来ない?凛々(りり)ちゃんのために、腕によりをかけて美味しいものを作るから』
―――えっ、家に?
彼の家には、まだ行ったことがない。
でも、いきなり?
それに腕によりをかけてって…千瑛(ちあき)さんが、料理を?
こういうのは普通、彼女の方がするもんじゃないのかしらねぇ…。
かといって、あたしが料理をするとどうなるかって言うとね…それは、ご想像にお任せします。
まぁ、女性を長いことやってきた彼のことだから、とことんなりきっていたのかもしれない。
甘い物も好きだったし。
あたしが、『お邪魔じゃなければ、是非』と返事を返すと、すぐに『ちょっと待たせるかもしれないけど、凛々(りり)ちゃんのオフィスまで車で迎えに行くから』とメールが送られてきた。
―――会社まで迎えに来てくれる彼なんて、初めて。
あぁ、でもどうしよう…誰かに見られたりしたら、大変だわ。
ただでさえ、通勤着は全て彼のデザインした服を着て来ているものだから、周りのみんなに色々聞かれて、ついブランド名を出しちゃった。
まだ、発売前の新作で『可愛いっ、どこの服〜』って、みんなに褒められたのが嬉しくって…。
迷惑、掛けてなければいいんだけど…。
とは思いつつも、早く彼が来ないかなと待ち遠しく思う凛々(りり)だった。
◇
18時を少し過ぎた頃に千瑛(ちあき)さんから電話が入り、急いで会社を出ると目の前の道路に一台の目を引くスポーツカー。
週末ということもあって、ほとんどの人は定時で即行帰ってしまったから、見られることもなくて良かったと思う。
「千瑛(ちあき)さん」
あたしは車の窓ガラスをコンコンっと叩くと、気付いた彼がウィンドーを開けてにっこりと微笑む。
「凛々(りり)ちゃん、ごめんね遅くなって。仕事、お疲れ様」
「千瑛(ちあき)さんこそ、お疲れ様です」
すぐに千瑛(ちあき)さんは車から降りると、助手席のドアを開けてくれる。
こんな、お姫様みたいな扱いをされるのは初めて。
とっても大人に見えるのは、彼があたしよりも4つ年上だからだろうか?
「凛々(りり)ちゃん、好き嫌いとかある?僕の方で、勝手に夕食のメニューを決めちゃったんだけど」
「いいえ、あたし何でも食べますから大丈夫ですよ?でも、千瑛(ちあき)さんにお料理してもらうなんて…なんだか、申し訳なくて」
音もなくスーッと車が動き出したが、千瑛(ちあき)さんの手があたしの手を優しく握り締める。
視線は前を向いているけど、その手はとても温かい。
「僕ね。一人で生きて行こうって決めてたから、料理も掃除も洗濯も何でも自分でやるんだよ。それも性格なのか、のめり込むタイプでね」
「特に料理には自信があるんだよ」と、語る千瑛(ちあき)さん。
あたしは、一人で生きて行こうなんてこれっぽちも考えたことなんてなかった。
付き合っていた彼氏に不満を持ちつつも、どこか頼ってたし、甘えてた。
なのに、千瑛(ちあき)さんは…。
「千瑛(ちあき)さん」
「今夜は僕が作るから、次は凛々(りり)ちゃんの番ってことで、どう?」
「え…」
―――次…ですか?
口ではこう言ったものの、片付けはあたしがするので料理の方はその…。
どうしたって、あたしの方が負けてる。
車を運転する彼はとっても素敵、真剣な表情の横顔がセクシーっていうか。
男性に戻った彼の隣にいるのが、あたしでいいのかなって思う。
もっと綺麗で大人な女性の方が、似合うんじゃないかって…。
「凛々(りり)ちゃん、そんなふうに見られると僕も困るんだけど」
「えっ、ごめんなさい。あんまり千瑛(ちあき)さんが素敵なんで、つい見惚れちゃって」
慌てて顔を赤らめながら俯く凛々(りり)。
…素敵なのは、凛々(りり)ちゃんの方なのに…。
我慢できなかった千瑛(ちあき)は、赤信号で車を止めた瞬間、凛々(りり)の唇を奪う。
柔らかい感触、一度味わってしまうと止められない。
「…っ…千瑛(ちあき)さん…信号が…」
「あっ、うん」
名残惜しむように唇を離したが、千瑛(ちあき)はもう一度一瞬だけ掠めるようにくちづける。
今夜、家に誘った理由は、その…彼女は、僕を受け入れてくれるだろうか…。
千瑛(ちあき)は、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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