私、岩城星良(イワキセイラ)は同じ会社の営業、尾西遼平(オニシリョウヘイ)さんと
付き合って半年になります。

色々噂されていた彼が私と付き合うようになって
他の女性の誘いを受けずに一人の女性と交際というのは彼の親友、田代さんに
聞いた話によると親友として付き合った数年思い返しても無かったことで
きっとはじめてのこと、だろうって。

ってどんな交際してたのよ!



今では一月の半分以上を彼の部屋で過ごしていて残りを自分の部屋で過ごすという
生活をしている。
自分の部屋に帰っても一人でさみしかったり、居心地が悪く感じるのは
彼の部屋で、側で過ごすのが当たり前になっているせいだ。

すっかり彼無しではいられないのかもしれない…。
むー。すごくムカつく。

だって…だって…すごく癪じゃない?
すっかり彼の思い通りになってる気がするし…
ゴーングマイウェイな人に慣れてきてる自分が怖い…。


スロー・ステップ
いつもはスローでも時には…


いつものように彼の部屋で食事の用意をして彼の帰りを迎える。
そして二人して食事をした後はアツイ…時間を…

私としては…嫌いじゃない時間だけど時折彼は無理をする。
起き上がれない時は二度と同じベッドに入らないって心に誓うけど
彼の前ではその誓いは容易く破ってしまう。

うう。
彼が経験が多いから絶対敵いっこないだろうけど…。


いつものように彼の腕の中でまったり過ごしていると
ふと、自分の部屋を思い出した。
ああ、そういえば今週一度も帰ってない。
いつものようにほとんど家に帰らなくても毎月家賃を支払わなきゃいけない。

「一月の半分は私自分の家に帰ってないんだ…。なんだか…もったいない気もするなぁ。」

それはふと思ったことだったけど尾西さんは、今更何言ってるの?
という感じに言った。

「だったら、ここで暮らせばいいだろう?
一々お前の部屋に帰る手間が省けるし…半月も一月もあんまり変らないし。
あっ、そうだ。近頃また女達がうるさいし…断るのもめんどくさいって
思ってたんだよな。いっそのこと籍でも入れるか?」

あまりにも他人事のように
人の一生のことをさらりと言う彼に私は怒りを覚えた。

「い・や!あなたと一緒に暮らすのも、結婚するのも嫌だわ。…私…帰る。」

脱がされた服を掻き集めて寝室を出ると鞄を手にして尾西さんの部屋を出た。












彼の家を出てもう3日になる。
あれから電話もないし、会うこともなかった。
一方的に怒って家飛び出しちゃったけどきちんと別れたわけじゃない。
もちろん今でも好きだし、…結婚したいと思っている。
だから彼のあの言葉は怒りを覚えたけど…うれしくもあった。


あんないい加減なプロポーズってある?
そもそもあれってプロポーズだったのかさえ疑わしい。
給料の3か月分のダイヤモンドをホテルのディナーのあと
デザートの代わりに…指輪を。
…なんて夢見る乙女でいちゃ駄目?

だって一生のことでしょう?
好きな人からそんなプロポーズを夢見たらいけないのかな?
私が好きになったのは…尾西さんだけなのに…。



キーボードを打つ手を止めて休憩室に向かうと
企画課の人に呼び止められた。


「岩城さん」

「はい?」

えっと…誰でしたっけ?
尾西さんがうるさいから男の人が多い飲み会や食事会を避けていたのも
あって名前が思い出せない。

「休憩?」

「はい。コーヒーでも飲もうかな?って」

「じゃあ、僕も一緒していい?」

にっこり言う彼に駄目なんて言えない。
だって休憩するのは個人の自由だし、自販機のコーヒーだもん。
誰だって買えるわ。

自販機の前で彼は私にどれがいいか訊ねた。

「いいですよ。自分で買えますよ?」

にっこり笑って断れば、相手もこれくらいだからとお金を投入して
ボタンを押す格好で私を見る。

「…あ。…じゃあ、コーヒーをブラックで…」

「ブラックだね?わかったよ。」

ボタンを押して数秒、出てくるまで間がある。
やだなぁ。

出てきたコーヒーを手渡され、彼も自販機で飲み物を買っている。
困ったな…。

「ありがとうございます。」

とりあえずお礼を言うと彼は笑った。

「押し付けたのは俺だし…。じゃあ、少しいいかな?」

…苦手なんですって…男の人。
尾西さんは問題外でしょ?あの人ははじめからゴーインだったし
田代さんは尾西さんの親友だから構えずにいられたんだけど…。

テーブルの向かいに座った企画課の人。
すみません…まだ名前を思いだせません。

「えっと…岩城さん?営業の尾西とケンカしたの?」

「え?」

って知ってるんですか?なぜ?

「ああ、ごめん。驚くよね?けっこうさ、岩城さんのこと狙っている男多いんだよ?
尾西が近寄らせなかったからね。ここ2.3日ヤツが近くにいないし
最近岩城さん残業増えただろう?だから…。実は前々から君のこと…見てたんだ。」

ってこれってこれって告白??
どうしよう。ケンカしたって素直に言ったらいいのかな?
それとも知りませんって逃げればいいのかしら?
尾西さんはどういうつもりなんだろう。
確かに部屋を飛び出したのは私だし…。
すっかり自分の中で考え込んで落ち込んでしまった自分に涙が出る。

「わぁ、ごめん。泣かすつもりはなかったんだ。」

彼は私を抱きこむようにした。
そんな彼に驚いて逃げようとするとその時休憩室に誰かが入ってきた。



「尾西さ〜ん。今晩お暇ですかぁ?お食事でもいかがですか?」

聞こえてきたのは女性の声、色っぽい声でその声の持ち主もさぞかし
美人なんだろうな。と思った。
そしてその会話から彼女と入ってきたのは尾西さんだと教えてくれた。

大きな観葉植物があるため自販機の前から死角になっている。
もしかしたら企画課の彼は見えるかも知れないけど
私がいることはきっと彼女たちから見えないだろう。


「最近、残業ばかりされているでしょぉ?すごく気になってたんですぅ。
きちんとお食事されてるんですかぁ?」

出来ればこんな場面に遭遇したくなかった。
尾西さんが女性に口説かれている場面なんて…。

やば…眩暈がする。
…そういえば…寝不足…だ。

彼と一緒にいない夜は…一月の半分はそうだったことを今更ながらに思い出した。
眠れないって。
だからこのところ寝不足で朝、起きて思うことは眠った気がしない。ことだもん。


すっと意識が薄れるのをなんとか耐えた。
尾西さんの言葉を聞きたかったから…。

彼は私と別れたと思ってるのかもしれない。
私が行動した結果だけど…彼の心を知るチャンスだから私は聞く。

だけどうるさく話す彼女に彼は無言のままだった。
その時携帯が鳴って尾西さんはそれに出た。

「ああ?え…休憩室の自販機の前だけど?―ん?ああ…」

尾西さんが電話している間に休憩室に誰かが入ってきたみたい。
足音がしたと思ったら電話をしている尾西さんが来た人と話し出す。
ああ、きっと電話の相手が今来た人なのかもしれない。
その声には聞き覚えがある。何度か私とお話した人だ。

「よぉ。待たせたな。…尾西、部長が呼んでたぜ?」

「そうか…行く。」

感情が無い声で尾西さんは来た人――田代さんにそういうと
休憩室を出て行った。
甘い声も聞こえないことを考えると彼女も尾西さんについて出て行ったみたいだ。

尾西さんが急に現れたことも、口説かれていたことも寝不足だったことも
パニックを起こしかけていた私は彼が出て行って疲れが一気に出ていた。

くらり。

頭の中が回転したような錯覚を感じて、
企画課の…えっと誰だっけ?人が私を呼ぶ声がした。

「岩城さん!?」

何度か呼ばれて意識が戻ると私は誰かに抱かれていた。

「…あ…すみません。…た…田代さん?」

えっと…私の近くにいたのは…企画課の……えっと…。

「ああ、彼は追い払った。元より君に好意を持っているから
“抱きしめる”だけの行為でも下心が大きくて君を傷つけることに
なるかも知れないからね。
俺は君に手を出すと、命の保障がなくなることを知っているから。」

キョトンと彼を見上げるとベッドに寝かされた。

「医務室だ。君の部署には連絡しているから迎えが来るまで眠ってればいい。」

「えっと…私……迎え?」

思いっきり戸惑っている私に田代さんはにっこり言う。

「君があの場面にいたのはビックリしたけど、まあ、都合が良かった。
君に向けていた集中が無くなってから尾西は抜け殻も同然。
女は昔に戻ってヤツの周りをチョロチョロするから余計にアイツの機嫌が
悪くてみんな腫れ物に触れるような感じでビクビクしてて…いやあ
面白かったな。」

っとゲラゲラ笑っている彼に私はどうしていいかわからなくて
困っていたところに今度は真面目な顔をした。

「アイツ…基本的に俺様だから…君のことを振り回しているかもしれないけど
ただ、自分に近い存在に置く、人間は限られているんだ。それだけはわかってて欲しい。
それにヤツは“お願い”や“告白”を苦手としているんだ。」

田代さんは何が言いたいのかわからない…ただ真剣で何も言えなかった。

その時医務室のドアが開いて噂の彼が入ってきた。


な…なんで?ここに…

「なんでお前がいるんだよ。運んだら帰れよ。」

不機嫌な彼にその場に緊張感が走る。
だけど田代さんの笑いを含んだ声が一掃してくれた。

「おお。尾西復活だな?でもな、大事なモン手に入れる為なら
プライドを切り捨ててでも捨て身でやれよ?
…失くしてからじゃ遅いんだ。」

最後はしんみり言う彼に尾西さんも何も言わなかった。

「セイラちゃん。またね?」

気軽に名前を呼んで軽くウィンクすると医務室を出て行った。
尾西さんは使われていない枕を彼が出て行ったドアにぶつけた。

あ…怒ってるの?

すっかり逃げ腰になっている私をガシっと捉まえて尾西さんはニヤリと笑った。

「俺を腑抜けにした、罪は重い。…身をもって償えよな。」

「は?」

「だから…仕事に身も入らないし…眠れないんだ。責任を取れ」

「ち…ちょっと、なんですか!私だって私だって…辛かったんですから!!」

彼の理不尽なセリフについ本音がポロリ出た。

ところが彼から何もモーションが無い事が不思議になり
そっと顔をあげるといつもの意地悪い顔をした尾西さんがいた。

罠に嵌ったようです。


おわり


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じゅん様150万HITおめでとうございます。

やっと続きがかけました(笑)でも中途半端な感じで申し訳ありません。
2周年も近づいていますね。
おめでとうございます。
これからもご活躍楽しみにしています。


今後ともよろしくお願いします。

佐和


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佐和 さま

当店150万ヒットのお祝いに素敵なお話をいただき、ありがとうございました。
俺様、尾西さんも彼女に逃げられてしまっては腑抜けなんて、あぁなんていいんでしょう。
ただ、今後の星良ちゃんがとっても心配ですね。
彼を腑抜けにしてしまった代償が大きそう…。
それだけ、彼の想いが深いということでしょうね。
あぁ、羨ましい…。
お忙しい中書いてくださって、本当にありがとうございました。


2007.11.26 朝比奈じゅん


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